ONLOOKER Ⅴ


直姫にしてみれば、なんの話をしているのかさっぱりわからないに違いない。

ジャズ喫茶にあった写真に、准乃介に瓜二つの男が写っていた。
それだけのことだ。

恋宵はそんなことを聞きたかったんじゃないんだろう、と、聖は思っていた。

きっと、不安になったのだ。

准乃介が絶対に人前でピアノを弾かないことも、それについて紅があからさまになにかを隠すような態度を取ることも、自分はなにも知らない。
まるで、お前は知らなくていいと、突き放されているような気分なのだろう。

加えて夏生の、すべて見通してでもいるような目。
情報戦の駒にされているような、自分の足元しか見えない感覚。

乃恵との間にあった盗作騒動で、“知らない”ということの恐ろしさを、身に沁みて感じたのだろう。

今突然そう思ったのではない。
恋宵の不安は、潜在的に常にあるものだった。


「ほら、行こう。一応一通り挨拶くらいはしておかないと。プロモーションなんだから」


夏生が言って、一人でさっさと歩き出す。
小首を傾げた直姫が、背中を追う。
唇を尖らせてその後に従った恋宵を見ながら、聖は、どこか悔しさすら感じていた。

夏生はきっと、恋宵のそんなところまでわかった上で、今に限って、あえてはっきりと言葉にしたのだ。
恋宵も憮然とした表情のままではいるが、足取りは重くない。

自分にはきっと築けない、言葉の足りない信頼関係が、もどかしくも、心地よくも、羨ましくもあった。


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