もっと傷つけばいい
中年男はあたしを見てニタリと笑うと、
「君、岡部夏子ちゃんだよね?」

そう言ってきた。

「はっ?」

あたしは聞き返した。

「人違いじゃないんですか?」

だって、“夏子”は“死んで”いるんだから。

「あたしの名前は谷渚です。

あなたが探している人とは違います」

「――へえ…」

中年男は伸びたヒゲを指でさわりながら、あたしを上から下まで眺めた。

「人違いねえ…。

君で間違いないと思うんだけどなあ」

中年男はやれやれと言うように息を吐いた。
< 92 / 140 >

この作品をシェア

pagetop