恋愛音痴と草食
 社会人としての私は胸張って地域および社会に貢献してます!ってほどではないにせよマジメに勤務し、それなりに周囲に溶け込んでいると思う。

 長く同じ会社に在籍している分、新人教育はほぼ私にまわり、今では私の後輩がさらに後輩の指導にあたるようになっていた。

 ミスがあると最終的な責任者は私の直属上司になるが、その前の段階で何とかしなきゃならない、職場での私は何となくそんな立ち位置にあった。

…だから今日も…。

「…佐倉さん、すいませんでした」

 いかにもとりあえずといった感じで入って半年になりかけの奈良橋君が私に頭を下げて寄越した。

 彼から提出された報告書にざっくり目を通しつつばっさり寸評する。明らかにこの内容では通らないからガッカリする。

…もう少し頭使って書類作れよな。
 
「いちばんの問題点は何か分かる?」

 どの程度彼は自らが招いた件に関して認識してるのか、見極めるつもりで私はそう問いかける。だが、たっぷり時間をもったものの彼はムスッと口を引き結んだままだった。

 時間切れだなと、とっとと判断し私は矢継ぎ早にあれやこれやと指摘する。

 ひとつめふたつめ、と指摘箇所が重なるごとに奈良橋君からふて腐れオーラが出てくる。…まったく隠すくらいの努力すら無いんだから。

 あのさぁ、君の不用意な一言からここまでトラブルになったんだけど?分かってんの?

 半分喉元まで出かかる言葉をグッとこらえる。

…だあぁ、イライラする!

 私は気を鎮めるつもりでフロア内に目をやった。

 フロアの同僚はみな自分の仕事にかかりっきりで、こちらを見てはいない。

…月末近いから業務内容は多いし仕方無いけど、やっぱり私がこの人指導するんかい。

私は小さくため息をついて思わず一瞬だけ新人のツラを拝んで再び視線をそらした。


 私の目がそう遠くも近くもないところにいる男にとまった。
………アイツ、やっぱりこの会話聴いてるっぽいな


 私は『奴』の気配を感じていた。

 彼もまた他の同僚同様こちらを見てはいない。でも、こちらに聞き耳をたてている…。

 そんな気がした。

 肩から少し力が抜けた。私のやるべきことはおそらくこのくらいで大丈夫だろう。

 そう思った。

 きっと彼がこのあとさりげなくフォローするのだろう。奈良橋君にも私にも。そういうタイプの人間だから。
 
 それにしても、さっきから頭痛がする。今日は生理痛がほんとにひどい。

 私は無意識で髪に手を入れながら奈良橋君に最後に一言ピシリと言って解放した。
 奈良橋君はブスッとしながら席に戻っていった。

「……佐倉さん、あとでアイツ締めときますから」 
 他社の納品書をチェックしていた隣の席の後輩が可愛い顔のくせして何やら物騒な発言をした。

「んー。別にいーよ」

 投げやりに私はそう返した。
…今回のミスはたぶん私がなんとかフォロー出来る範囲内だ。たぶん大丈夫だろう。ただ関係各位には頭下げまくらないと駄目だろうなぁ。


「はぁ、面倒くせ」

 自覚症状あるけどなかなかこの口癖直らない。

 卓上カレンダーを見やりながら1、2、3、と指を折って数を数える。先方に約束した期日まであと4日も無い。

「…でもなぁ、先に奈良橋君の件を終わらさないといけないよなぁ」

 頭を机に横たえるとその拍子にまた頭が強くズキンズキンとしだした。

「………ッ」
 声にならない不快感に眉をしかめた。

 少し前に鎮痛剤を服用したからあと少し頑張らないと効いてこない。…昼休みまで頑張らないと。でも昼休みちゃんととれるかなぁ。

「佐倉さん。休憩先どうぞ」
 うだうだ考えている私の頭上に冷静な声が降りた。
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