恋愛音痴と草食
 私は顔を動かさずに

「区切りがつかないからいい」
と、その涼やかな声の主に返す。

「あと、何が残ってるんですか?」

 だいたいいつもは そうですかと素っ気ない答えが返るのにあれ今日は違うな?と思いながら私は目を彼に向けた。

 どちらかといえばやせ形の体格のせいかどこか神経質そうな雰囲気を漂わせた私の『一番弟子』はじっと見下ろしていた。

「そだなー、まずはこの奈良橋君が提出した報告書を添削して、向こうに間違ったの出したつってたから書類修正して。おっと。そのために資料棚漁らないとね。で、おわび電話して…」

 ブツブツ一方的に話す。彼は黙って聞いてる。

「……と、まあ、こんな感じかな。ってほら、休憩無理でしょ?」

「ずいぶんありますね」

 ほんとに彼は言葉数少ない。それでも会話はちゃんと成り立つ。

「あるよ!…あれ?おかしいな。俺に任せて下さいとか無いの?」

 もちろん冗談のつもりで私はそう言ったつもりだったが。

「いいですよ。佐倉さんが休憩行ってる間やれることやっておきます」

 相変わらず生真面目に彼はそう答えた。

「え、いーよ」
と慌てて頭を起こすとまたしても頭痛がして私は思わずコメカミに手をやった。

 彼は眉を動かさず目だけで休憩に行くよう促してきた。

「…じゃ第二休憩室いるから何かあったら呼んで。あと、いつもごめんね、ひろちゃん」

 少しばかり気圧され気味にノロノロと席を立ちつつ私は私の一番弟子な彼、ひろちゃん…加賀見博之にそう言い残した。

 加賀見君は 別に とでも言いたげにただじっと私を見ていた。
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