恋愛音痴と草食
一番弟子の意味







 あの頃俺はただ、あの人に認めて欲しかった。

 まだ入って間もない研修で『佐倉』さんがつくと発表があり、上司に引き合わされ挨拶に向かう。

 何やら真剣にパソコン画面に向き合っていた女性が瞬間チラッと面倒くさそうにこっちを見てから「いつからですか?」と上司に確認した。

「初回研修後だから明後日午後イチからだ」
と答える上司に軽くうなづいてから佐倉さんがあらためて俺を見た。

 佐倉さんが俺よりいくつか上なのは間違いなかったはずだが、地味な俺と違ってどこか華やかな感じがした。

「加賀見博之と申します。よろしくお願いします」

 緊張を感じつつ挨拶すると佐倉さんは よろしくね とだけ返した。


そして数日後。

「分からない時は必ず聞きな。聞かないままでいるってのが一番犯罪だからね」

 あの人に直接指導されるようになって最初は正直面食らった。

 どこか柔和な顔だちしてるくせして佐倉さんはなかなか癖がある人間で。

 まずはその口調はかなりぞんざいで口癖は『めんどくさ』だし。…何より仕事に関しては自分にも俺にもきびしかった。

 だが、真面目に取り組むのはもって生まれた習性なのか、あの人がそばにいてビシバシ怒られても不思議と無意味な反発心は生じない。むしろ感謝するようになっていた。

 日1日と着実に業務を覚えているのが自分自身目に見えて分かったから。

…少しして気づいたがあの人は実に細かいところまで気を配りフォローしてくれていた。ぞんざいなところは表面的なところで実際は結構面倒見が良くてなんていうか女性らしかった。

 俺がひとりで問題なくできるようになっていく度にうんうんと笑顔で見てくれて、後押ししてくれる。

 昔からあんまり目立つタイプじゃないから出来てもあんまり誉められた記憶が無い。他人に誉められるのは久しぶりで純粋に嬉しくなった。

 もっと誉められたい。そう思うとますます集中して仕事に取り組んだ。

 佐倉さんに誉められたい。認めてもらいたい。

 俺が知る女性のなかで誰よりも真面目で一生懸命で仕事ができる人 それが佐倉結子さんだった。

 だからあの人をいつから尊敬するようになったのかと聞かれれば研修時代と答えられるが、女として意識したのはいつからかとなると正直答えられない。

 きっかけとかそんなのは無く…いつの間にか自然とひかれていた。

 佐倉さんは憧れの人だ、今でも。そしてたぶん今後も。
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