恋愛音痴と草食
あれから数年経った。

 あの人も俺も特定の相手がいた形跡ない。

 本人はよく自虐的に
「彼氏なんていねーよ モテないんだよ」
とネタにして言ってはいるが、それは正確な話ではない。潜在的には彼女のファンは決して少なくない。

 だが、きっと感じるのだろう。そこはかとなく漂うあの人の『恋愛とか別にしたくないかなぁ』というオーラをかぎとり手を出しかねている、たぶんそれが正解。


 男、居なくても別にいいしとあれだけ公言してればなかなか寄りつけない。

 つけ入る隙が無いし、甘えてもくれない。

 本人の能力の高さと、基本的に他人に迷惑になるようなことはしちゃいけないという彼女なりの絶対ルールのあわせ技だった。

 例えば佐倉さんが重たい物を持っていて、持ちますよ と 声をかけても 悪いからいーよ で会話が終了する。

…大丈夫じゃ無さそうだけどと更に踏み込んでみても

大丈夫、たぶんなんとかなるよ

――と 笑顔で協力の手を断る。

 そうやって自分と関わらせようとしないからそのうち諦めてしまう。

 そんな男を俺はここ数年何人か見送った。

 そのたびにあの人がまだ誰のものでもないことへの安堵感と恋愛なんてほぼ初心者の自分が手が届く相手では無いのだと思い知らされる。

 ずっとあの人のそばに居さえできたら、千載一遇のチャンスとやらは回ってくるのだろうか。

……俺は今日もあの人の力になりたくて、あの人が見いだしてくれた『一番弟子』の役割を果たす。

 数年かけてあの人は『一番弟子』の手は拒まないようになった。


……あの人がそうやって許すのは俺だけだ。

 その事実に気づいた時、俺は本当に瞬間的だったが倒錯的なまでの快感に酔いしれた。すぐに恥じた。


 助かるよ って喜んでくれるから……

 俺は、あなたの力になりたい。
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