恋愛音痴と草食
一番弟子の意外な男らしさ
とある日。会社の中の孤独な資料室で。
「……どうやって降ろすかなぁ」
私は壁面に置いた高い脚立の上で少しばかり途方にくれていた。
必要な書類が入った段ボールを私1人でどうやってこの高さから降ろせるだろうか。
資料室に誰もいないことをいいことに私は脚立の天板部にまたがって座ってしばらくそうしていた。
その時胸ポケットの社内携帯から着信音がした。とりあえず出しかけた段ボール箱を棚に戻し電話に出る。
『……あ。加賀見です。営業課のK社宛の発注かけても大丈夫ですか?』
聞き慣れた声にホッとしながらちゃんと答える。
「うん。それ決裁おりてるから大丈夫だからやっといて。……あ。ひろちゃん、今、手空いてる?」
『どうしたんですか』
『んー、脚立の上から段ボール箱取ろうとしたら、ちょっと無理っぽくてさぁ」
『今、資料室ですよね。行きますから待ってて下さい』
プツッと通信が切られ、私は所在なく脚立にまたがったまま加賀見君を待つ。
…高い脚立からの光景って見晴らしがいいけど、天井近くのほこりの多さはよろしくないなぁ。
あんまり見ない角度からの光景を待ち時間中まったり楽しむ。
…………すると。
カチャリと入り口のドアが開いた。
あ。来た。
「ひろちゃん、こっちー!」
あ、今、加賀見君を見下ろしてるんだ。なんか新鮮な感じでほんの少しおもしろい。
加賀見君はすぐに脚立の近くに来てこちらに顔をあげ………
あれ?なんか微妙そうな顔をしてる?
「?どしたの?」
きょとんとして眼下の後輩に声をかけた。
「――俺がやりますから、降りて下さい」
「はーい」
よいしょって感じで脚立から降りると加賀見君が何とも言いがたい表情で待っていた。
加賀見君は脚立に登り、段ボールを確認する。肩にかけようとしたので慌ててそれを止めさせ私は下で受けとる。バランス崩すと危ないよ。
脚立を片づけて元の通路に戻ると彼は部屋の入り口にいた。ついでに段ボールを目的地まで運んでくれるようだ。
「あ、ごめん。持つよ」
そこまでさせるのはさすがに悪い。
だが、彼はどこか面白くなさそうに私をチラリと一瞥(いちべつ)してからスタスタと廊下を歩き出した。
「ちょ、ちょっと?ひろちゃん?」
ひろちゃんは歩きながら再度私をみる。いつもと同じ少し斜め上から見下ろされる。
「……俺、これでも男なんで」
だから荷物は自分が運ぶとそう言いたいのだろう。
「そりゃ分かってるけどさ、男だって重いものは重いでしょ」
仕事は男女平等に頑張らないと駄目よ。
「…あなた女性でしょ」
「そのはず」
間髪入れず返した言葉を聞いて加賀見君が私に近づいた。小さな声で彼はそっとささやいた。
「……だったらスカートの時、あんなところ居ないでください」
…………はい?
って。あぁぁぁ!
顔が真っ赤になってく。
「………す、すいませんでした」
は、はずかし過ぎる。
「佐倉さん。こういう時は俺にもっと頼って下さい」
「……はい。そうします」
恥ずかしくてうつむく私には加賀見君の表情は見ることはできなかった。