夢のまた夢【短編集】
私は名古屋市内にて
メンタルクリニックを開いていた。
そう、私は精神科医なのだ。
なので、私に物騒な事を話す
女性の顔つきを見れば
この女性が今、どういう状況なのか
大抵の事は想像出来た。

恐らくはこの女性の頭の中で起こっている
出来事なのだろうと、経験上判断したのだ。

私の言葉を聞くと女性の頬は
みるみるうちに紅潮した。
先ほどまでは清楚な顔立ちが
少し冷たい雰囲気を出していたが
赤みがほんのりさしたことで
その表情に柔らかさが出た。

ーーーそれで、あなたはどうしたんですか?

再度、投げ掛けると女性は

ーーー最初からね、あいつが来たときから
殺してやろうって思ったんです

視線を少し落として女性は言った。

ーーーあいつ、とは?

ーーー言わなきゃダメですか?

ーーーいいえ、何も問題ありませんよ
どうぞ、続けて

どうやら、岡山までの仮眠は無理なようだなと
私は諦めると、休みではあるけれど
これも何かの縁なのだろうと
女性の話を続けて聞くことにした。

ーーー随分とね、勝手だなと思ってたんです
いつだってね、フラフラとやってきては
奪うだけ奪って、私には苦痛だけを残していくんです。随分と、理不尽な話だとお思いになりませんか?

ーーーなるほど、それで?

特には肯定も否定もすることなく、話を聞くことに徹するのだ。間違っても刺激を与える様な事を言わないよう注意する。
ある程度、自分の思いを吐き出すことで
それだけで、気分が軽くなるケースも少なくないのだ。この女性も恐らく、そのケースに当てはまるのでは?と、私は考えた。

ーーーついにね、私の我慢も限界に達したんです。だから、殺した。いけないことかしら?

ーーーそうですね。いいか、悪いかだけでなら
答えは簡単でしょう。しかし、あなたにはあなたなりの言い分があり、苦痛をしいたげられていた。という事ですよね。さぞかしお辛かったでしょうに。

ーーーわかっていただけます?

ーーーそうですね。お辛い思いをされていたのだなと

当たり障りなく返答するとやはり

ーーーみんな、そういうのよ

女性は先ほどまでの丁寧な口調とは違って
少し投げやりな言い方をした。

ーーー簡単にわかる、わかると軽々しくいうのよ、人はね。だけど、誰一人、本当に分かってくれる人なんていないのよね。あなただってそう、適当に私の話に合わせているだけ。
違うかしら?

女性が少し興奮ぎみになってきたので
敢えて、言葉を発することをせず、ただ、
意識はあなたに向けていますよという
気持ちを伝えるべく、ほんの少し体を
女性側へと向けた。





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