夢のまた夢【短編集】
ーーーごめんなさい
たまたま隣り合わせに座っただけなのに
ついついムキになってしまって
今の話、忘れてくださいな
女性はまた窓の外に広がる景色に
視線を向けた。
私は一呼吸すると、
ーーーいや、職業柄、あなたの話にとても
興味がありました。なのであなたさえ
良ければもう少しお聞かせいただければと
。実は精神科医をしております。
なにもこちらも女性が本気で殺しをしたなんて
信じてはいない。あくまでも頭の中での出来事であろうと判断した上で
少しでもカウンセリングになればと話を聞いたのだ。しかし、途中からは興味本意で
聞いていたことを素直に認めるべきだと
判断し身分を明かしたのだ。
ただ、女性が気を悪くしないだろうかと少し不安は抱いていたが。
ーーーそうでしたか
どおりでとても話しやすかったです。
聞いて頂けただけで随分と気が楽になりましたもの。
ーーーそうですか
私の身分を知った女性の反応が
決して悪くは無かったことに
安堵する。列車は間もなく京都駅に
着くことを告げていた。小さな肩掛けのバックしか手荷物のない様子の女性は席から立ち上がろうとしたものの
もう一度腰を座席に下ろすと
ーーー蚊ですよ
と、真顔で言った
ーーーほう、蚊とは?
どんな蚊ですか?
精神科医たる者、
いかなる話を聞いても動じてはならない。
そして、その言葉の先に秘められているやも知れない真意を知るべく
話を途切れさせない。
つまりはさらに
話を掘り下げて聞くのだ。
けれど、
患者でもないこの女性の話を
これ以上聞いてどうしようというのだ。
ましてや、女性は間もなく次の駅で
降りるというのに。
全く、私としたことが……
これも職業病なのか。
私がそんなことを考えていることに
気づく様子もなく
女性は続ける。
ーーーどんなって、普通の蚊の話ですよ。
この時期だと、どこにでもいますでしょ?
毎夜、どこからかやって来ては
私の体から血を奪い、そして不快さだけを残してまた去って行くんです。だけどね、一寸の虫にも五分の魂とかって言うじゃないですか?
だから、ずっと殺生は止めてたんです。
だけどね、ある時、もう我慢ならないと思ったら、どうしても殺してやりたくなりましてね
それで、最初から殺意を持って一思いに絞めて……ごめんなさい。
初対面の方にこんなくだらない話に付き合わせてしまって。どうか、少し、イカれた女の戯言だと思って聞き流してください、先生?
女性は少し早口で一気に話し、
ーーーお先に失礼します
珈琲ご馳走さまでした
と、笑顔で言うと京都駅で降りていった。
よくあることだ。
何かに対して擬人化したり架空の話をするのは
よくあるパターンだ。
長年の経験の中にも、
夜になると河童襲ってくる。
や、包丁が追っかけてくる
などといった事が
資料としても残っている。
ただ、何かが引っ掛かっていた。
私の中で何かが引っ掛かったのだ。
それは精神科医としてなのか
ただ、人として話を聞いていて
違和感を覚えたのか……
私は岡山までの小一時間
仮眠をとろうと目を閉じるものの
いくつものトンネルに差し掛かる度に
その眠気は暗闇へと吸いとられていった。
たまたま隣り合わせに座っただけなのに
ついついムキになってしまって
今の話、忘れてくださいな
女性はまた窓の外に広がる景色に
視線を向けた。
私は一呼吸すると、
ーーーいや、職業柄、あなたの話にとても
興味がありました。なのであなたさえ
良ければもう少しお聞かせいただければと
。実は精神科医をしております。
なにもこちらも女性が本気で殺しをしたなんて
信じてはいない。あくまでも頭の中での出来事であろうと判断した上で
少しでもカウンセリングになればと話を聞いたのだ。しかし、途中からは興味本意で
聞いていたことを素直に認めるべきだと
判断し身分を明かしたのだ。
ただ、女性が気を悪くしないだろうかと少し不安は抱いていたが。
ーーーそうでしたか
どおりでとても話しやすかったです。
聞いて頂けただけで随分と気が楽になりましたもの。
ーーーそうですか
私の身分を知った女性の反応が
決して悪くは無かったことに
安堵する。列車は間もなく京都駅に
着くことを告げていた。小さな肩掛けのバックしか手荷物のない様子の女性は席から立ち上がろうとしたものの
もう一度腰を座席に下ろすと
ーーー蚊ですよ
と、真顔で言った
ーーーほう、蚊とは?
どんな蚊ですか?
精神科医たる者、
いかなる話を聞いても動じてはならない。
そして、その言葉の先に秘められているやも知れない真意を知るべく
話を途切れさせない。
つまりはさらに
話を掘り下げて聞くのだ。
けれど、
患者でもないこの女性の話を
これ以上聞いてどうしようというのだ。
ましてや、女性は間もなく次の駅で
降りるというのに。
全く、私としたことが……
これも職業病なのか。
私がそんなことを考えていることに
気づく様子もなく
女性は続ける。
ーーーどんなって、普通の蚊の話ですよ。
この時期だと、どこにでもいますでしょ?
毎夜、どこからかやって来ては
私の体から血を奪い、そして不快さだけを残してまた去って行くんです。だけどね、一寸の虫にも五分の魂とかって言うじゃないですか?
だから、ずっと殺生は止めてたんです。
だけどね、ある時、もう我慢ならないと思ったら、どうしても殺してやりたくなりましてね
それで、最初から殺意を持って一思いに絞めて……ごめんなさい。
初対面の方にこんなくだらない話に付き合わせてしまって。どうか、少し、イカれた女の戯言だと思って聞き流してください、先生?
女性は少し早口で一気に話し、
ーーーお先に失礼します
珈琲ご馳走さまでした
と、笑顔で言うと京都駅で降りていった。
よくあることだ。
何かに対して擬人化したり架空の話をするのは
よくあるパターンだ。
長年の経験の中にも、
夜になると河童襲ってくる。
や、包丁が追っかけてくる
などといった事が
資料としても残っている。
ただ、何かが引っ掛かっていた。
私の中で何かが引っ掛かったのだ。
それは精神科医としてなのか
ただ、人として話を聞いていて
違和感を覚えたのか……
私は岡山までの小一時間
仮眠をとろうと目を閉じるものの
いくつものトンネルに差し掛かる度に
その眠気は暗闇へと吸いとられていった。