どこからどこまで
「まあ、とりあえず本気ですきなんだな」


 ふざけた調子が、また急に消えた。ひとりごとのようにも聞こえたそれに、考える間もなく答えていた。


「すきだよ」


 言って、後悔した。

 剣持が俺の方をジッと見ているのがわかる。目は合わせない。合わせられない。


「翔!呑も!!」

「…………は?」


 今の流れで、どうしてそうなる。


「お前そういう話全然しないからさー、酒入ったらもっとしゃべるかなー、とか」

「呑まないし喋らないし帰るし」

「わー、つれねぇー。夕飯つくんの?サナちゃんのために?」

「……つくるけど」

「いくら家事とかしてもらってるからって毎日飯つくるとか、健気だな」

「ほっとくと、まともに食べないんだよ」


 課題の締め切り前の沙苗の口癖は"1日が48時間だったらいいのに"、"食べなくても寝なくても生きてられるからだがほしい"だ。

 ほっとくにほっとけない。

 食事の時間は沙苗と一番長く一緒に過ごせる貴重な時間。料理もすきでやっていることだ、苦に思ったこともない。


「でもまあ、すきな子に毎朝起こしてもらえるっていいよな。素直に羨ましいわ」


 確かに、そうだ。

 朝一番に、沙苗の声で、手の温度で、目を覚ますことができる。

 確かに、幸せなことだ。


「あー、でも?後朝(きぬぎぬ)、ってわけじゃないんだっけ?それはそれで複雑?」


 俗に言う、朝ちゅん。

 手をだしたことなんて、一度もない。


「……一言多いんだよ」


 頭を叩けば乾いた音がした。

 いてっ、と声をあげた剣持に悪びれる様子はない。

 そんな態度を見て、もうひとりのいとこのことをふと思い出した。

 薫は、なんて言うだろう。

 今朝の沙苗とのやりとりを思い出す。

 3人で、なんて言わなければよかった。薫も気を遣って2人ででかけてこい、と言いそうな気がする。

 どこか、ふたりきりでないことに、安心している自分が嫌だ。

 テストが終われば夏休みだ。あってないような、夏休み。

 本実習はまだ始まっていないというのに既につらい。やるべきことは、何から手をつければいいのかわからないくらい、たくさんある。

 それでも、沙苗さえそばにいてくれれば乗り切れる気がした。
< 34 / 81 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop