どこからどこまで
「今さっき連絡きたんだよ。ちょっとお邪魔しようかなって言ってたから、たぶん薫おくってきたついでに寄るくらいだと思うけど」

「そっか…もう、急だなぁ。前もって連絡くれればよかったのに。薫も薫で電車で来るんだと思ってたし」

「たぶんきてるんじゃない?連絡。俺もさっき電話したんだけど、さなでないから。だから菜奈さん、俺に連絡よこしたんだよ」

「……あ、ほんとだ、ごめん」


 ポケットに入ったケータイを確認すれば不在着信が3件。お母さんと、薫と、翔ちゃん。テスト中に鳴らないようにとサイレントマナーにしたままで、気づかなかった。


「なんも用意してないけど平気かな」

「ん?」

「薫だけなら兎も角、菜奈さん来るなら何かあった方かよかったかなって。お茶菓子とか」

「いいよー、そんな気ぃ遣わなくって」

「そ?」


 不安げな顔をする翔ちゃんに、失礼だとはわかっていても思わず笑ってしまう。

 翔ちゃんはしっかりしてるなあ。


「とりあえず、あがって」


 なんにせよ、立ち話もなんだ。お母さんも来るなら翔ちゃんのとこにあげるわけにもいかないし。


「…いいの?」


 気まずそうに歪んだ表情と、ためらうような声。

 改めて考えてみると、翔ちゃんがあたしの部屋にあがるのは、引っ越しのとき以来かもしれない。


「なんで?ちゃんと片づいてるよ?」


 おそらくあたしの部屋が散らかっていると思っているんだろう。例えば下着が散乱している、とか。

 翔ちゃんはあからさまにホッとしたような顔をして靴を脱いだ。


「お邪魔します…なにかつくってる?」

「ホットケーキ」

「……つくれるんだ」

「つくれるよー、ホットケーキくらい!翔ちゃん、何か飲む?」

「おかまいなく」

「えー?コーラとストレートティーと麦茶があるけど」

「じゃあ…麦茶で」

「はーい」


 カラカラと氷をグラスに入れていると、一度部屋に引っ込んだはずの翔ちゃんが台所にやってきた。麦茶を注いで渡す。しっかりと受け取られたそれには、視線は注がれない。ボールの中身を気にしているようだ。


「…ハチミツとか、あるの?」

「え?」

「かけるでしょ、ホットケーキに」

「あ、」

「持ってくるよ」

「あるの?」

「うん」


 そう言うとグラスを流し台に置いて、でていった。

 翔ちゃんはなんだか、落ち着かないみたいだ。
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