恋愛ターミナル
「……電話ですね。家でゆっくり電話に出てください。お仕事かもしれないですし」
――――奥さんかも、しれないし。
そう思って私が言うと、少し残念そうに、でもあきらめたように、平岡さんは申し訳なさそうな顔をした。
「――ごめん。明日、また」
平岡さんはひとこと謝って、出て行った。
スローモーションのように、玄関の扉が閉まって来て、あのグレーを私の視界から奪われた。
カサっと紙袋を手にして部屋へと入る。
平岡さんの部屋と同じ間取りが、嫌でも彼を思い出させる。
ストン、と腰を落として、そっと唇に触れた。
――――キス、した。
それはすごく快楽的で、欲情的な刻(とき)。
一気に自分の奥にあった感情が溢れ出て、止められなかった。
――今まで一瞬でも、忘れたりすることはなかった。
相手が誰かのモノであることを。
だから、冷静でいられたし、それなりに付き合ってこれたのに。
その私の方程式が崩される。
「――――だめだ」
好き。欲しい。乱されたい。愛したい。
だけど、それは私の欲で、彼はきっと同じじゃない。
今の私が彼を手に入れたなら、今までのような“二番目”でいられない。
彼の家庭を壊すことになる。
それは同時に、私の好きな、あの笑顔をも曇らせてしまうから。
目を閉じてすぅっと息を吸い込んだ。
そして、決心が鈍らないように、そう強く思って夜を過ごした。