恋愛ターミナル

「……電話ですね。家でゆっくり電話に出てください。お仕事かもしれないですし」


――――奥さんかも、しれないし。


そう思って私が言うと、少し残念そうに、でもあきらめたように、平岡さんは申し訳なさそうな顔をした。


「――ごめん。明日、また」


平岡さんはひとこと謝って、出て行った。

スローモーションのように、玄関の扉が閉まって来て、あのグレーを私の視界から奪われた。

カサっと紙袋を手にして部屋へと入る。
平岡さんの部屋と同じ間取りが、嫌でも彼を思い出させる。

ストン、と腰を落として、そっと唇に触れた。


――――キス、した。


それはすごく快楽的で、欲情的な刻(とき)。
一気に自分の奥にあった感情が溢れ出て、止められなかった。


――今まで一瞬でも、忘れたりすることはなかった。

相手が誰かのモノであることを。
だから、冷静でいられたし、それなりに付き合ってこれたのに。

その私の方程式が崩される。


「――――だめだ」


好き。欲しい。乱されたい。愛したい。
だけど、それは私の欲で、彼はきっと同じじゃない。

今の私が彼を手に入れたなら、今までのような“二番目”でいられない。
彼の家庭を壊すことになる。

それは同時に、私の好きな、あの笑顔をも曇らせてしまうから。

目を閉じてすぅっと息を吸い込んだ。
そして、決心が鈍らないように、そう強く思って夜を過ごした。



< 149 / 170 >

この作品をシェア

pagetop