恋愛ターミナル
そう挨拶してきたのは、夢でも幻でもない、本物の平岡さん。
どうして彼が、今私の目の前にいるの? ゆうとくんとさっき出掛けたはずじゃない。
「いや、その、昨日は……」
「――昨日のこと、私なら平気ですから。ああいうの、慣れてるし、気にしないでいいですから」
目を合わせずに、表情も声色も変えずに、ただ、彼の青い作業服を見て言った。
「私も、忘れますし。昨日の容器は捨ててください」
最後まで言い切った。これでいい。
少しでも情を見せたりすると、ずるずるといってしまう。それは平岡さんがどうとかの前に、私自身が。
こんなことは初めて。このままだと自信がなくなりそうだなんて。
好きな人の幸せを壊してしまう。
グッとカバンを握って、パンプスの音を鳴らして平岡さんを通り過ぎようとしたときに彼が肩を掴んだ。
「『忘れる』って――……」
鼓膜を揺らす、彼の声。私の肩に触れる、あの安心感をくれる手。
それを強い意志ではねのけて、背を向けたまま、最後の言葉を放つ。
「迷惑かけませんから。もう、関わりません」
淡々と告げ、口を一文字に結んで階段を足早に下りていく。
振り返らなくても、平岡さんの足音はしない。
追い掛けてこないことに、安堵の溜め息を漏らす。
「……確か、そろそろだ」
「五日間」って言ってた。奥さんの旅行。
だとしたら、きっと今日はか明日にでも帰って来るはず。
そうしたら、なにごともなかったように、少し前と同じような毎日が来る。
きっとすぐに忘れられる。