飛ばない蝶は、花束の中に
「深雪、さんですか…ずいぶんとお綺麗になられましたね」
リビングに現れた、見覚えのある男は、ピシリと伸ばした背筋に、顎髭だけを生やした、甘い顔立ちの。
「早くにご挨拶に伺うべきでした」
お元気そうで何よりです、と深く頭を下げた、その男は。
「私を覚えてはいらっしゃらないですか?」
と、慇懃に微笑んだ。
「いつもいたんだ、顔くらい覚えてんだろ」
めんどくさそうに煙草を手に取ったお兄ちゃんの言うとおり、忘れてはいない。
いつもお兄ちゃんと車で出掛ける時は、彼が運転していたし、七夕の時には、一緒に鎖を作って貰った。
作りすぎて、私ひとりで運べなくなった折り紙の鎖を、小学校の私の教室まで運んでくれた事も、あった。
「宇田川さん、お久しぶりです」
“タカノ”が真似ていた、宇田川章介は、あんな風にクサいセリフを言っていたけれど。
私の知る宇田川さんは。
口数は余りなくて、いつもお兄ちゃんを目で追っていて。
小さな私にとっても、ちょっとしたライバル意識を芽生えさせるような、お兄ちゃん至上主義の、堅い男だった。
こんな、穏やかな目はしていなかった気はするけれど、忘れてはいない。
「ますます凱司さんに似て…。やはり離れていても、ご兄妹なんですね」
にこり、と、
髭の先を指先で捻り、まじまじと私を見つめた宇田川さんは、嬉しそうに、お兄ちゃんを振り返った。