暗黒の頂の向こうへ
第十一章 不安と幸せ
子供たちのヒーローである青年が、今日の獲物を物色している。 まだ若いが、盗みにおいての研ぎ澄まされた感覚や、読みは抜群であった。 その眼差しは、まるで獲物に食らいつくハイエナのようだった。 青年は感じ取った。 今日は、あの店から食料を調達しよう。 人混みの中を気配を消して走り出す。
その瞬間。 真っ暗になった! 目の前の風景が目まいがしたように、断片的にちらつきながら映る。 動揺するが少しずつ認識していく。 よく知る公園にいる。 周りには、孤児である守るべき子供たちがいる! その中には愛する妹の姿も見える。
 けたたましく空襲警報が鳴り響く! 地面が音を立てて揺れる。 
子供たちと手をつなぎ、身を低くする。 胸騒ぎがする。 
今までの空襲とは、何かが違う。 地震か? いや違う。 
辺りは既に、炎の嵐に包まれていた! 熱い、体が焼ける。
つないだ手の感覚が無い。 妹の姿を探すも、目が見えない。 
「幸子……」 最後の力を振り絞り、妹の名前を叫んだ。
 すると何故か、さっきまで痛くて見えないでいた風景が見える?
まるで悪夢の中にいるような世界。 時間が止まっているように感じる? 炎の流れや熱風も止み、逃げまどう子供たちも静止している?
 視線の先に、前に出会った謎の男がゆっくりと近づいて来る。
その男だけ、ただ一人だけが、静止した時の中を歩いている。
 「優一君。 この世界が分かるかい? 目の前に見える光景は、人生最後の光景だ。 全ての物が、君の愛する全てが灰になる。 信じられるかい? 当然、妹も死ぬ。 これは日本を地獄に落とす、二度目の原子爆弾だ。 この爆弾で、日本は敗北する!」
 驚きの光景に驚愕するも、広島の原爆投下を知る青年は、胸が締め付けられる。
妹を助けたい。 生きたい。 その思いが、体の奥から込み上げてくる。
 謎の男は青年を仮想空間に拉致し、長崎の原爆を現実体験させ、洗脳術に利用したのであった。
「この原爆を阻止して、妹を助けたいなら、私を思い出せ。 君が思えば、私が未来の扉を用意しょう。 扉を開けるのは君だ……」
 頭が割れるように痛い! 「うわぁー……」
青年は大声を出して、正気に戻った。 今のは夢か? 何だったんだ? あまりにもリアルな光景に、訳が分からなかった。
我に返った青年は、盗もうとしていたお店の前に立ちつくしていた。 ふと、妹の顔が浮かぶ。 愛する妹の元へ、走らずにはいられなかった。 心臓の鼓動が異常に早い。 それは懸命に走っているためでもなく、原爆体験の夢を見たためでもなかった。 愛する妹に早く逢いたい。
 毎日通る道なのに、こんなにも遠かっただろうか?
足が重い。 前に進まない。 ただただ逢いたい思いが、青年の心を締め付けていた。 ようやくバラック小屋が見えて来た。
視線の向こうに遊んでいる子供たちが見える。
その輪の中に、楽しそうに笑いながら縄跳びをする妹がいた。
 「あー……。 良かった……」 足を止め、ため息をついた。
妙な胸騒ぎは気のせいだったと胸をなでおろし、再び妹の所へ駆け寄り抱きついた。
「お兄ちゃん。 どうしたの? 汗、びっしょり……! 何かあったの?」
「何でもない。 幸子に会えれば、お兄ちゃんは幸せだ」
妹は照れるのを隠しながら、優しく微笑んだ。
「お兄ちゃんは必ず、みんなの為に帰ってきてくれる。 信じてる」
 青年は実感した。 妹の幸せは自分の幸せだと。
しかし謎の男の存在と、現実のような夢の体験を思うと、心配で仕方なかった。
< 19 / 30 >

この作品をシェア

pagetop