暗黒の頂の向こうへ
第十二章  偽者の夕日と本物の夕日
時空空間を、光学迷彩を施しながら進む船がある。
時空警察のコンピューターに、刻まれた歴史を変更することは出来ないが、決着をつける為に過去へと遡る。
 ロイ・ヘンドリックにとって、麻薬取締局捜査官の地位も、マフィア幹部の地位も、最早関係なかった。 ただただ、目的を果たす事だけを考えていた。
 暗黒の空間を抜けると、暖かい日差しに設定された、テラの最上階にあるドームと言われた空間へと舞い降りた。
 存在を消して、目的地に向かう。
 そこは元気な男の子が校庭を走り、可愛い少女達が縄跳びをする、孤児院であった。
 そんな微笑ましい光景をよそに、姿を消したロイは足早に教室へ向かう。 しかし目的の少年は見当たらない。 校庭や校舎を注意深く捜しまわる。 すると校舎の裏で、揉み合っている子供達がいた。
 「日本人のくせに、生意気に靴を穿いてるぞ。 脱がせ」 数人の子供達が、二人の少年に襲い掛かった。
 「やめろー……。 放せ。 だめだ。 やめろー」
口を切り鼻血を流しながら、懸命に抵抗した。 その二人は、日本人差別で毎日のように虐めを受けていた、少年時代の守と隆一であった。
 ロイは笑いながら、煙草に火をつける。 子供達の虐めの現場を、楽しそうに見つめている。
 守と隆一は懸命に耐えていたが、力尽き靴を奪われ倒れこんだ。 
 「日本人が馬鹿だから、世界は滅んだんだ。 孤児院に日本人はいらないんだ……」
 泥にまみれ、鼻血を出しながら守と隆一は立ち上がる。
二人は頭を強く打ち、もうろうとしていた。
 起き上がる二人を待っていたロイ・ヘンドリックが、光学迷彩を解き姿を現した。 「守君と、隆一君だね。 今の君たちに恨みは無いが、消えてもらうよ」
 その瞬間、空間が大きく歪んだ。
すると謎の男と、ダイブマントに身を包んだ、完全武装の集団が現れた。
 驚いたロイ・ヘンドリックは、銜えていた煙草を落とす。
「貴様らは、何者だ?」
 「ふふふ、我々は明るい未来を取り戻す集団、XYZだ」
 「テログループが俺に何の用だ……?」
 謎の男は、厭きれたように言い放った。
「自分の保身を守る為に、私腹を肥やす為に、わざわざ少年を殺しに来たのか。 麻薬捜査局も腐り切っている。 お前に、我々の崇高な志を説明する義務は無い。 今ここで死んでもらうだけだ。 仲間がお前の少年時代にダイブしている。 これでお前の行った数々の犯罪は、クリアになるだろう。 それは必然だ」
 「何故、俺の事を知っている。 何故、守と隆一を助ける……? 何故だ」
 最後の言葉を残し、麻薬捜査官ロイ・ヘンドリックは、ゆっくりと消えて行った。
 謎の男が、もうろうとしている少年の、守と隆一に話しかけた。
「今見ている事は、ゆっくりと記憶から消え失せる。 しかし、これだけは心に刻んでほしい。 君たち日本人は、可能性を秘めている 希望の未来を見失わないように、明るい未来を歩んでほしい」
 そして何事もなかったように、集団は姿を消した。
守と隆一は肩を貸しながら、支えあい歩きだした。
 「守。 またやられたな。 今日は最悪だ。 靴は取られるし、訳が分からない事が起こるし、疲れた。 でも綺麗な夕日が見えるぞ……」
 「こんな偽者の太陽は、大嫌いだ。 隆一。 俺は、大人になったら、本物の太陽を見る。 そして、青く透き通る本物の空を見上げてやる……」
 守の瞳は偽物の太陽を見つめ、真っ赤に染まった涙で溢れていた。

 蛍が夕日を彩り、光り輝き飛んでいる。 その向こうには、山あいを赤く染める太陽が、ゆっくりと沈もうとしている。
 その光景は人を和ませ、幸せに誘うようである。 眺めている二人も、やさしい気持ちのなる。 
 孤児の世話をする青年と、その妹であった。
 兄と妹は楽しそうに語らい、仲間が待つ家へと帰って行く。
兄は感じている。 あと何度、妹と綺麗な夕日を見る事が出来るだろう。 そして、一緒に歩いて帰れるだろう。 謎の男の事を考えると、胸が締め付けられ、息が詰まりそうになる。
でも今は、はっきりと分かっている。 今生きている事を、心の底から喜べる。 一番大切な人が隣にいる。 そう考えると、兄は幸せであった……。
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