暗黒の頂の向こうへ
第一章 審判の日
地球は温暖化による影響で、年間平均気温は上昇し季節の失われた世界になっていた。
西暦2047年2月、アメリカ・ワシントン州、孤児院でのこと。
 まだ、あどけなさが残る少女が艶やかな髪をなびかせ、鮮やかなコントラストが彩る緑色の丘で、ほんのりと赤みを帯びた桜の木の下に一人寂しそうに寄りかかる。 爽やかな風で花びらが舞い、不安そうな表情をした少女の頬をつたう。 空を茜色に染めた夕日を見つめていたところに、こぼれんばかりの満面の笑みを浮かべた訪問者が、そっと歩み寄る。
 少女は気付き一瞬の笑顔の後、少し頬をふくらませてみせた。
「会いたかった。 今までどこに行っていたの……?」
少女は、久しぶりの訪問者の袖をつかみ、わざと視線を逸らし
腕をゆらしながら不満そうな表情で、問いかけた。
「ごめんね。 なかなか会いに来れなくて、元気だった……?」
訪問者はゆっくりとしゃがみ、少女の目線で優しく瞳を見つめながら申し訳なさそうに謝る。
 「私、友達がいないから寂しかった。 不安だった。 前に今日、怖い事が起こると言っていたけど、それ本当。 私、どうしたらいいの?」
 訪問者は息を詰まらせた。 両膝を地面に着け、右手で口元を押さえ、天を仰いだ。 これから起こる事を想像して……。
そして少女の瞳を見つめ、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
自分に言い聞かせるように。
「これから、どう生きて行けば良いのかは、教えてあげられないけど、
どう生きてはいけないのかは、教えてあげる。
人間は愚かで傲慢で、大切な人を傷つけてしまう。 そして自分も傷つき、代償を伴う。 でも絶対に、立ち直れる。 絶対に諦めてはいけない。 人は、幸せになる権利がある」
 訪問者は不安で瞳をうるわせる少女の体を力強く抱き寄せて、暮れる夕日を睨みつけた。
その目には、涙に沈む真っ赤な夕日が映っていた。
 「どういう意味。 何て言ったの? なぜ泣いてるの……?」
不安そうに訪問者を見つめ、強くしがみついた。
 久しぶりの再会の喜びも、訪問者の言葉に戸惑い、唇を震わせた。
 訪問者は、少女の細い髪を優しくゆっくりとなでる。
「もっと力があれば助けられるのに……。 ごめんね。 本当にごめんね。 でも絶対に変えてみせるから」
 何度も何度も謝るその仕草に、少女は何か分からない恐怖を感じ、
目を閉じた。
 訪問者は決意したように、真一文字に歯をくいしばり、少女の体を優しく離し、胸元から鋭利なナイフを取り出した。 思い詰めるように、桜の木の幹を見つめ、荒々しく突き立てる。 そして、力強く悔しさを込めて刻み込んだ。 そこには何故か、いくつものX印が書かれていた。 まるで回数を記録しているかのように。
 「今度こそ絶対変える。 絶対に諦めない」
 「何をしているの?」
少女は訪問者の突然の行動に動揺し、細く小さい体を震わせた。 
その瞬間、辺りに激しい閃光が走る。
二人の会話を断ち切るように、地鳴りのような轟音が響く。 
「怖い……」 少女は訪問者に抱きつき、顔をうずめた。 
「大丈夫。 必ず明るい世界にしてみせる。 新しい世界を信じてる。 希望の未来を信じてる。 絶対に変えてみせるから」
 辺りは一変する。 
満開の桜の花びらは儚く、一瞬にして二人の頭上を舞い上がり、
真っ赤に光る天空へと、消えていった。
二人が発した最後の声は、一瞬の衝撃で消滅してしまう。
空は漆黒の闇に包まれ、無限の太陽の光を凌駕する。 大地は地獄の業火に見舞われ、地軸は捻じ曲がり、世界は放射能が渦巻く、暗黒の時代へと突入した。
 人類が手にした悪魔の兵器、核ミサイルが世界中の大地に降り注ぎ、人類は滅亡の危機を迎えた。
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