絶滅危惧種『ヒト』
電話を切った後、直樹はそのまま椅子に座り込んだ。


自然と涙が溢れてきた。


生ワクチンを打ってはみたものの、効くかどうかなんて分からないというのが現実なのだ。


ウイルスが発症するまではおよそ四日から五日。つまりワクチンが効かなければ、自分の寿命もそれに等しいということになる。


やはり最後に愛する女性に会いたいと思うのは、人として当然のことだし、彼女が病床の母親を残してまでも、東京に戻ってきてくれるという気持ちが嬉しかった。


ただ……


彼女に伝染(ウツ)したくない。


竹井教授が感染したことから考えても、接触感染だけでなく、飛沫感染も疑える。

そうなったら、側に近寄るだけでも危険なのだ。

なぜなら、ヤツラは死なないのだから……。そしてそのくせもの凄く小さくて軽い。

まるで床に落ちている花粉が、歩くたびに空中に舞い上がり、花粉症の患者を苦しめるように、簡単に新しい被害者を生み出すのだ。


彼女を巻き込みたくない。


と言っても、パンデミックが起これば、彼女のみならず、全ての人が巻き込まれるのだし、

その前に、医者である彼女は、自らその中に飛び込んで来るだろうけど……。


直樹は少しでも早く、ウイルスを解明してやろうと思った。

自分はすでに感染しているのだから、感染に脅えることなく作業を進めることが出来る。

直樹はもう一度留美に電話をかけて、東京に戻るのを三日間待ってくれるように説得した。

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