伯爵令嬢は公爵様と恋をする
Vol.14



 ディー様にとって最も信頼できるのは他の誰でもない、アルトゥール様だった。
 公爵位を持つ彼もまた、とても遣い走りのように扱う事なんてとてもできない方だけれど、そこは幼馴染のためだと言って快くアウシュタイナーの屋敷へ向かってくれた。
 庭の片隅に植えられたハシバミは一本だけ。
 アルトゥール様は連れて行った数人の部下たちとその根元を掘り起し、あちこちが錆び始めた鉄の宝箱を見つけてくれた。
 持ち帰られたそれはディー様の書斎に運ばれ、黒檀で造られた重厚感のある机の上に置かれる。
 初めて見る箱だった。
 まさか本当にこんなものが見つかるなんて。
 お父様は「困ったとき」と言っていたけど、どこまで予測していたのかしら。
 この小さな箱が私を助けてくれるの?
 一体中身は何?
 いざこうして目の前に置かれると、開けるのが躊躇われてしまう。
 期待より不安の方が大きい。
「箱の状態から見てひと月以上経ってるね。それほど古くも見えないから、アウシュタイナー伯は何かに気付いてこれを隠したんじゃないかな。多分出来る限り早く見つけてほしかったのかもしれないね。鍵が箱の上に丁寧に包まれてあったよ」
「アルの言う通りだろうな。エル、開けてみるか?」
 ディー様はそう言って鍵を渡してくれたけど、嫌な胸騒ぎがする。
 どんな真相が隠されているにせよ、事件に関するものなら表沙汰にならなかった事実が秘められているはず。
 それに触れるのは怖かった。
 戸惑いを含んだ視線でディー様を見上げてしまう。
 何の変哲もないただの鉄の箱なのに、何て重々しい空気を放っているんだろう。
 もちろんそう感じてしまうのは自分のせいだ。
 まだ見ぬ「何か」を知るのが怖いから。
 小さな鍵が掌で冷たく光り、どっしりとした存在感を主張する。
 お父様…。
「エルフリーデ嬢、貴女の気持ちも分かるけど必要以上に怖がることはないんじゃないかな」
「え…?」
 隣で様子を見守っていたアルトゥール様は笑顔を浮かべていた。
 重苦しかった空気がふっと和らぐ。
「もし本当にこれが伯爵によって用意されたものなら、きっと貴女を助けるために隠したものだよ。それがパンドラの箱である訳がないだろう?場合によっては…例えば、伯爵の死に関する事実が述べられているかもしれない」
「!?」
「そう、ショッキングな事実が隠されているかもしれない。でも貴女の本当の願いは何?伯爵が心から願っていたものは何?少し考えれば答えは分かるだろう?」
 私と、お父様の願い…。
 アルトゥール様は和やかな雰囲気を纏いながらも、鋭い視線で私を見つめていた。
 威圧感とは違う。
 自分の知っている真実をきちんと思い出して信じるべきだと、そう言っている視線だ。
 恐怖や不安から逃げてもどうにもならないものね。
 ちゃんと向き合えと告げてくれているんだ。
 向かい側で私たちのやり取りを見守るディー様も、本心ではきっとアルトゥール様と同じ気持ちなのかもしれない。
 彼は何も言わずに私の選択を待ってくれている。
 でも多分、お二人とも答えは決まっているんだわ。
 だからお父様との思い出話を信じてこの箱を探し出してくれた。
 本当にあるかどうか分からないもののために自ら動いてくださった。
 それなら私は彼らの想いに応えなきゃ。
 真相を知りたいと願ったのは私。
 どんなに衝撃的な事実が待っていようと、正面から向き合って受け止めなくちゃ。
 いつまでも怖がっていたら何も分からないまま。
 お父様の汚名を削ぐことも出来ないままになってしまうもの。
 私の心は決まったわ。
 そっと目の前に鎮座する箱に手を伸ばす。
 掌に託されていた銀色の鍵を、ぴったり添うように作られた小さな穴に差し込んだ。
 カチリ
 微かに鉄同士が擦れる音がして、何かが外れたらしい。
 蓋に手をかければ、予想以上の重みが両手にかかった。
「!?」
 開けた途端、目の前に現れた光景に息を呑む。
 そこには眩しいほどの輝きを放つ金貨がいっぱいに詰められていた。
 これは…一体、どういうこと…!?
 どうやって詰め込まれたのか分からないほど大量の金貨が箱の中から溢れて、零れ落ちてくる。
 しばらくの間まるで堰き止められたダムから溢れだす水のように、小気味よい音を立てながら流れ出してくる金貨たちを呆然としながら眺めた後
「エル」
 ふとディー様の声と、肩に触れられた手の感触で我に返る。
「あ…これって、一体…」
「すごいな、これだけあったら半年以上暮らしていける」
「こんな大金どうやって…お父様…」
 いつから用意していたんだろう。
 絵本を読んでもらっていたのは本当に幼い頃の事。
 まさかお父様はあんなに前から少しずつ貯めていたの?
 もしもの時に備えて?
 金貨の一つを手に取る。
 お父様がどんな思いで一枚一枚ここに収めていったのか。
 多分、アウラー男爵の事なんて夢にも思わなかっただろう。
 膨大な借金の事も、自分に訪れる突然の死も、想像なんてしていなかったに違いない。
 それでもお父様は私を思ってこんなにたくさんの金貨を残してくれた。
 温かな想いで溢れている。
 お父様はきっと優しい顔で金貨を集めていたんだわ。
 その証拠にどの金貨も曇りひとつなく綺麗に黄金色の光を放っているもの。
 いつだってどんなものでも大切に扱ってきたお父様は、周りから見れば真面目で几帳面で、融通の利かない頑固者に見えたかもしれない。
 でも本当は違うの。
 お父様は家族とお屋敷で働く人たち、それに領民のみんなにはとっても優しくて、温かい人だった。
 心を許した人には素直になれるけど、それ以外の人にはとっつきにくい人に見えたのね。
 確かに確固たる信念を持っていたから、どこまでも真っ直ぐに生きようとしていたお父様は、「お貴族様」として気楽に生きようとしている人達から見れば疎ましかったかもしれない。
 正義感も強くて、身分や肩書を持つ者がそうでない人たちを守るのは当然だと考えていたから、身分の上に胡坐をかいて暮らす人たちを批判することもあった。
 善良な領主であろうとする人たちはお父様の考えに賛同してくれたけど、そんな人たちは少数派だった。
 おかげで危険な目に遭ったことも一度や二度ではないみたい。
 けれど自分にとって大切な人たちの事を考えると立ち止まる事なんてできなかった。
 自分たちが恵まれた暮らしを送れるのも、様々な形で支えてくれる人たちがいるからだって、それを忘れちゃいけないっていうのがお父様の教えだったから。
 誰よりもその思いを強く持っていたし、そうした生き方を考えればお父様も決して器用な人ではなかった。
 でもその分、大きな愛情を持っている、自慢のお父様だった。
 娘の将来を心配してこんなに大金を貯めてしまう、ちょっと心配性な人だけれど。
 思いを馳せれば馳せるほど、自然と熱い滴が頬を伝って絨毯に小さな円を描いていく。
 不思議な涙だった。
 悲しいとか寂しいとかそんなことじゃなくて、お父様の優しさとその深い愛情に改めて気づいた心が、幸せで満たされていく。
 そんな感覚。
「エル、よかった…な」
「はい!ディー様」
 大きくて長い彼の指が伸ばされて、涙をそっと拭ってくれる。
 何度も何度も親指が頬を行き来するから、隣からアルトゥール様が柔らかな生地の布を渡してくれた。
 それを受け取りながらディー様は慎重に何度も涙を拭き取ってくれて、仕舞にはなかなか泣き止むことが出来ないでいる私の側へ来て抱きしめてくれた。
 小さい子供をあやすみたいに掌で頭を撫でてくれる。
 そうされたら余計にお父様との思い出が蘇って涙が止まらなくなってしまうのに。
 おかげで私はしばらく泣き止むことが出来なかった。






 続く
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