HIVに捕らわれて

富岡の告白

僕が富岡とすれ違ったのは、ある雨の日の夕方、まだ開店していない飲み屋街の路地でした。


その路地は、昼間でも薄暗く、両側を高くて古い建物に囲まれ、所々トタンの屋根で覆われた、前近代的な、昭和の名残のような空間でした。


僕は、年老いたバンドマンだった男に、ダンスホールの改装を依頼され、その打ち合わせを終えて帰る途中でした。


前から歩いてきた男は、ポケットに手を突っ込み、うつむき加減で僕の前に立ち、狭い路地を、半身になりながらすれ違おうとし、お互い見覚えのある顔に凍りついたのでした。

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