蜜事は研究室で
「おい、そこの男。1年A組の椎名 桃を見なかったか?」



おおう、やっぱりシツチョー、わたし以外の人にもエラソー……。

シツチョーの声にドキドキしながら、わたしはドアの内側で息を潜める。



「あーオレ、さっき生徒玄関で見ましたよ。ちょうど帰るところみたいでしたけど?」



ナイス工藤くん!! ここは4階!!

これでシツチョーも、きっとわたしが帰ったんだと思ってくれるはず!



「……そうか。わかった」

「はーい」



パタパタパタ。足音が段々遠ざかって行く。

まったく聞こえなくなったところで、工藤くんがカラリとドアを開けた。



「行ったよ、椎名」

「ありがとー工藤くん。助かりました!」



ほっとしながら廊下に出たわたしに、やっぱり工藤くんは首をかしげる。



「今のってさー、2年のめっちゃ天才っていう日下部先輩だろ? なに椎名なんかしたの?」

「何もしてないよ! ……むしろこっちが、されたっていうか……」

「は?」



ごにょごにょ呟いた後半の言葉は、彼に聞き取れなかったらしく。

聞き返されたけど、やっぱりわたしはヒラヒラと手を振った。



「いーのいーの。ごめんね工藤くん、巻き込んで」

「いや、それはいーけどさ。……ああそういえば、椎名ってあの先輩の部活の手伝いかなんかしてんだっけ」



部活……とは違うかなぁ。

そうは思ったけど、そのことには触れず。

わたしはうつむきがちに、小さく呟いた。



「わたしは……ただの実験の道具、だもん」

「え?」

「……またね、工藤くん! ほんとにありがとう!」



逃げるようにそう言って、彼のもとを離れた。

階段のところを曲がったわたしの後ろ姿を見ながら、工藤くんがポツリと、小さくもらす。



「なに、あれ。……椎名ってあんなに、かわいかったっけ?」
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