蜜事は研究室で
「ああ、そうだ。こんなところで時間を潰している場合じゃなかった」



ほとんど呆然としてしまっていたわたしの目の前で、彼は自らの腕時計に視線を落とした。

そしてそのまま、今度はわたしに目を向ける。



「きみ、学年と名前は?」

「へ、あ。1年の、椎名 桃……です」

「シーナ、ね。……さっそくだけどシーナ、俺はこれから、非常に大切な用がある。とはいえしばらくしたらまたここに戻ってくるから、それまでこの研究室の留守を預かっといてくれないか?」

「は? 研究室、ってちょ、あの……っ!」

「じゃ、よろしく頼むよ」



言うが早いか、その男はわたしを置いてさっさと廊下の角を曲がっていってしまった。

残されたわたしは、ただ呆然とその場に立ち尽くしていて。だけど真面目女子なわたしが、かなり一方的だったとはいえ人に頼まれたことを放ってどこかに行けるはずもなくて。

結局わたしは、当時まだその存在を知らなかった天才高校生が戻ってくるまで、その教室のドアの前で待ちぼうけさせられることになったのだった。

……しかもその用事というのが、近くのコンビニにチョコレートを買いに行っていただけだったなんて……今思い出してもあほらしすぎて脱力してしまう。
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