deep forest -深い森-

けれど男は、そんな梨乃の気持ちなどお構いなしに、梨乃の髪を軽く撫でると…

「甘い…沈丁花の香りがする。オマエはこの香りで男を惑わし酔わせるのか?」

と、言って、ニコッと笑った。


柔らかな、笑顔だった。強い視線の持ち主なのに、笑うと急に幼くなる。

その顔を見て、梨乃は、やっと…

「あの…ゴメンナサイ。私、考え事をしていて…」

と、口を開いた。

すると男は…

「声まで極上品か。きっとオマエはイイ声で泣くんだろうな」

と、言って、梨乃の手を取って抱き起こした。

「…!」

なんて事!

梨乃が赤くなって男から目をそらすと。

男はクスクスと笑って。

「オレと来るか?」

と、梨乃に問いかけた。

「……!」

「ドレスを着て、こんな場所にいるという事は、パーティーの逃亡者だ。オレは遅れて正解だったようだな。深山咲の志乃姫の婚約披露パーティーは、逃げ出したい程つまらないらしい」

「……!」


梨乃は、何も言えずに黙ってしまう。

本当に逃げ出したかったのは、あの会場からではなく、きっと私の帰る深い森の奥からだ。

この人のように思うままに発言し、生きてゆけたら、どんなに素敵なことしら……
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