deep forest -深い森-
「……」
しかし、梨乃は何も言えないまま黙っていた。うらやましい…けれど、この人は自由過ぎて、少し怖い。
「また黙るか」
男は梨乃の顎に手をかけると。
「オマエ名前は?」
と、言って、梨乃の顔を上げた。
「……っ!」
思わず梨乃は身構えるが、男は梨乃の顔が見たいだけのようだった。
自分の勘違いに気付き、かぁっと赤くなる梨乃を見て、男はそれを感じとり、クスっと笑うと。
「ああ、期待させたか」
と、言って梨乃の様子を伺った。
「…!何を!勘違いなさらないで!失礼な方ね。私の名前を聞く前に、まずは貴方の名前をおっしゃって」
「はは。それもそうだな」
男は、そう言って梨乃に向き直ると。
「オレは深見園生。ジジイは働き者、オヤジは極道者、オレは道楽者の三代目だ。深見も終わったな」
と、言って、梨乃の手を取り、彼女の白過ぎるかもしれない手の甲にくちづけをした。
「…深見財閥の…」
「ああ、さすがに聞いた事はあるか。ジジイの功績だな」
クスクスと、まるで他人ごとのように、男…園生は笑う。
桜の元から向かったものの、とうに始まりの時間は過ぎていた。正面から入りずらくなった園生は、裏口に回って来たのだった。