メモリ・ウェブスター
記憶内部
「ねえ、お母さん」
 雀の記憶内部に私は入り込んでいる。どうやら数年前の雀らしい。心細さを滲ませた声音から想像できないくらい彼女の髪は金色に染まっている。
「なに?雀?お母さんは忙しいのよ」
 母親である鳩実が言った。調査依頼書に鳩実と記載されていた。雀に鳩。どうやらこの家系は、鳥系、を重要視するようだ。
「お母さんは、いつもいつも忙しいじゃん」
「働かないと、食べてはいけないでしょ」
 鳩実がやさしく諭す。右側の口元にホクロがある。口調とは裏腹に雀同様、母親にしては化粧も濃く、性格もいささかきつそうだ。
「やっぱり、本当のお母さんじゃないんだ」
 雀の一言に鳩実の顔が著しく歪む。塗りだくったファンデーションはひび割れた鏡のように、幾層もの断層を形成した。
「もう一度言ってみな!」
 鳩実の口調が変わり激高が放たれ、「本当のお母さんじゃない」と雀が火に油を注いだ形になった。
 バチン。
 と雀の頬にレスラー顔負けの平手打ちを鳩実は炸裂させた。思わず私の脳内がぐらりと揺れた。
 この記憶部分だけではよくわからないが、どうやら雀は母親に対して疑念を抱いていて、鳩実との関係もよくはない。たしかに雀と鳩実が親子か、と問われれば首を傾げたくなる。雀は母親に近づこうと、もしくは反抗期特有の若気の至りなのか、髪を染めているわけだが、それもなんだか痛々しい。
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