死使
地空
 私が次に目を覚ましたときは、おばあちゃんの駄菓子屋だった。なんだか顔が暑い。ふと目線を上げると、シシの端正な顔があり、一瞬時が止まる。
「ちょっと」
 私は照れ隠しに、彼の胸をど突く。
 そんなことはお構いなしに、「ラストだ」とシシは言い駄菓子屋に入っていった。背中に女の子を乗せながら。彼女も私が最初に死界に連れてこられたように眠っている。その背中を見届けながら私も駄菓子屋に入った。おばあちゃんは、レジ台に座りながら、目を瞑っていた。
「もう・・・・・・」私は言いかけたが、「いや、まだだ。あと三分後だ」とシシはおばちゃんの背後に回り、肩をトントンと二回叩いた。おばあちゃんが目を大きく開ける。
「あら、サヤちゃん。久しぶり」
 おばあちゃんが快活な声を上げる。あと三分後に死に行く人間に、私には見えなかった。
「おばあちゃん。あれやってよ。あの、あれ、入れ歯の」
 なんだろう目から熱いものがこみ上げてくる。
「どうしたの、サヤちゃん。何で泣いてるの。学校で何かあったのかい。ほら、こちらを見なさい」
 おばあちゃんが入れ歯を舌で動かし、前後に動かしている。私は思わず笑う。おばあちゃんは口を閉じる。
「さあ、入れ歯は口の中にあるでしょうか。ないでしょうか」おばあちゃんは言い、私は涙を手の甲で拭い、「あります」と声を張り上げる。
 おばあちゃんは笑みを見せ、「正解。はい、きなこ棒」ときなこ棒を手に取り、私に差し出した。私はおばあちゃんの手を掴んだ。手は、手は、冷たかった。
「ありがとね。サヤちゃんは、優しい子。後ろにいるのは死の使いね」とおばあちゃんは言った。
「おばあちゃん。見えるの?」
 私は、涙声で訊いた。
 おばあちゃんは頷き、「おじいちゃんが亡くなる直前に一度会ってるの。なかなかの美男子ね。でも、おじいちゃんの若い頃には負けるけど」と皮肉を込める。
「おばあちゃん。私、死のうとしたの。生きるのが辛くて。いじめられて。それで、死の使いであるシシに助けられたの」
「そうかい。そうかい。それは辛かったね。サヤちゃんは優しいから。ときには人に誤解を受けるときもあるの。でもね、その優しさは歳を重ねるごとに、あなただけでなく、他の人を温かく包むのよ。ここにいるってことは、やり直せるってことなんだから。おばあちゃんが、上からあなたを見てる。最後にありがと」
 おばあちゃん、と私はつぶやいた。もう、何の反応も返ってこなかった。私が持っている、きなこ棒の粉がパラパラと床に落ちた。
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