教師Aの授業記録
「――いい加減にしろよ、クソ教師」
低く静かに空気を震わせる声。
「こんなに近くに、こんなに心配してくれている奴が居て、なんでてめぇはちっともそれに気付けねーんだよ」
田中は瞳孔が開ききるほどに目を剥いて、間近に教師Aを睨みつけていた。
そのまま視線を離そうとせず続ける。
「――てめぇが記憶喪失だろーが食中毒だろーが関係無い。
たとえどんな事情があったとしても、自分のことを想ってくれている奴の気持ちは絶対踏みにじっちゃいけねぇ。
……なぁ。分かるだろ?
そういうもんは決して忘れちゃいけねぇ。
忘れても絶対に思い出さなきゃいけねーんだよ!」
田中は畳みかけるように言って、息を荒げた。
山下絵里は先ほどのショックから抜け出し、唖然と彼の背中を見た。
「……田中君」
今までに見たことの無い彼の真剣な怒りに、何を思うより先にただ驚くしかなかった。
しかも彼は自分の為に真剣に激しく怒っていた。
自分の為に必死に声を荒げていた。
一人では取り戻せなかったものを、強引にでも取り戻そうとしてくれている。
そう思うと、なんだか身体の奥から熱がこみ上げ、火照るように熱くなっていた。
山下絵里はどくんどくんと大きく脈打つ胸の上で、きゅっと包み込むように両手を握りしめた。