散華の麗人
直ぐに手荷物を持って下の階に降りた。
「あら、ぼうや。」
近所の子供にでも話しかけるように女将が笑いかけてくる。
「起きたのかい?早起きで偉いわねぇ。」
そう言われたということは、早朝であろう。
(子供扱いは癪に障るが。)
ここで騒ぎ立てたところで利益にはならない。
「女将。質問したいことがある。」
「なんだい?」
硬い声音にきょとんとした顔をした女将が笑顔を崩さずに言う。
「俺は何故、此処に居る?……記憶が正しければ、自分で手続きをして泊まった筈ではないのだが。」
「あぁ!そうさ。あんた、昨日……雨の中倒れてたんだって?それも、山の中で。」
「そうだが?」
「青い髪の嬢ちゃんが駆け込んできて、あんたをここに預けたのさ。“お代を持っていないので、これでいいですか?”とこのお守りを渡してね。“いやいいよ。人助けくらい、してやれないこともないんだしさぁ。”とは言ったのだけど、きかなくって……」
そう言って差し出したお守り。
それはこの辺りでは見ない織り方をした布で作られたものだ。
美しく輝いて見えるそれは、“開運厄除御守”と書かれていた。
「竜華国のものか。」
「おや。そうなのかい?物知りだねぇ。」
女将はお守りをじっと見る。
(細川の傭兵ではないな。奴は宿代くらい支払えるだろう。それに、此処へ預けるくらいなら本城か分城、あるいは八倉邸へ向かう筈だ。)
では誰だ?
竜華国の知り合いなど居ない。
居たとしても、助け合うほどの仲ではない。
ましてや、ひとに好かれる性格をしていないのだから。
「そうだ。」
女将は囲炉裏の方へ向かう。
「あんたの服、ずぶ濡れだったから干しといたよ。」
「あぁ。」
景之が受け取ろうとすると、女将は意地悪な顔でひょいと衣服を持ち上げる。
「何だ?」
「こういう時は何というんだい?かぁちゃんから習ったろ?」
「……」
(人間如きに。)
景之は意地になって口を噤んだ。
『そういうところが嫌いなんだよ!』
ふと、辻丸の声が頭を過ぎった。
「知るか。」
人間など嫌いだ。
< 908 / 920 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop