恋愛放棄~洋菓子売場の恋模様~



「新店ですか? 」

「そう。退店するメーカーの後を、うちがいただけることになってね。そこの店長に、狭山さんの名前が上がってるんだけど…」


がちゃん!
ティーカップを持つ指の力が抜けてソーサーに大きな音を立てた。


「え?! は? なんでいきなり私?!」

「異動なんて大概いきなりだよね。打診あっただけましだと思うけど」


くっ。
やっぱり手厳しいな、この人。
思わず上目遣いで睨んでしまったけれど、返ってきたのは純然たる笑顔と本社側の事情だった。


「大抜擢ではあるけど、実際ほかに異動出来そうな人もいないというのもあるんだよね。そこに通えそうな人材で、百貨店の経験がある人が今居ないんだよ」


百貨店というのは、少し敷居が高い。
実際、きちんと他で経験を積んだ人間でも店長であっても、入店時には百貨店側から教育と入店テストが用意されているのだ。


初で百貨店の店長でしかも新店なんて、それこそ無謀だと思うのだが…。


「まぁ、ちょっと場所が遠いからね。拒否権がないわけじゃないから。その為の打診なんだ」

「遠いって、どこなんですか」



「F市だよ。入社時は君はその周辺を希望してたんでしょう? それが抜擢の理由でもあると思うよ」



言葉を失った。
なぜかって、そこは此処から片道2時間はかかる場所。


実家のある市だった。


確かに入社時私はその市内を希望していた。
実家から、通える距離を。


母をひとり置いていくのが、心配だったからだ。



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