飛べない天狗の僕ですが。
プロローグ
思うままに風を操り、空を飛行する者、天狗。
僕は、その天狗の一族、高羽家の末裔だ。高羽家は古くは平安まで遡るという歴史のある、由緒正しき一族だ。最盛期は、広く一帯の鳥類、獣を統べていたという。
しかし、僕は空を飛ぶことも出来なければ風を起こすこともできない。天狗としてのアイデンティティを、ことごとくどこかへ置き忘れて生まれてきてしまった。云わば、一族の落ちこぼれ、もっと言えばできそこないであった。
「高羽の時代も終わりか」
これは僕が幼き日の父の口癖であった。
由緒正しき高羽家の当主の息子ともあろう者がこのていたらく。父が嘆くのも無理はなかった。ただでさえ、時代の変遷と共に、勢力をなくしてきたというのに、跡を継ぐはずの息子がこれだ。器の大きな父は、まるで人と違わない僕を咎めることはなかったが、落胆しているに相違なかった。母もまたしかり。
周りの親戚連中も、歳を増せばその内きっと才能が現れるだろうと落胆する両親を慰めていたが、僕が17にもなった今ではすっかり望みを失ったようで、話題にすることもはばられていた。両親も、すっかり諦めがついたようで、あっけらかんとしている。幼き日はよく聞いた父の口癖も、もうめっきり耳にしていない。居まで人里におろし、僕を人間として育ててくれている。
それが僕にとってはとても嬉しいが、悲しくもあった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ため息を吐いて空を仰げば、夕陽に染まる空に羽ばたく2羽の鳥が、じゃれあうように舞い上がっていった。学校から帰ると屋根に寝転がり、夕焼けの空を眺めるのが幼いときから変わらない、僕の日課であった。
「圭一! ごはん出来たわよ。 おりてらっしゃい」
庭から呼ぶ母に、すぐに行くと返事した。梯子をつたい地面へとおりる。たったの2階の高さからも飛び降りることが出来ない自分が情けない。幼き日に、空に焦がれる僕の為に父が作ってくれた、この梯子がなければ、僕は屋根にあがることも地面に降りることもできないのだ。
天狗の家に梯子がかかっているなんて可笑しな話だ。
自分の出来損ない加減に、自嘲気味に笑ってしまう。笑顔で食卓で待っているであろう両親の為に、僕は深呼吸してそれをおさえて、玄関の扉を開けたのだった。