飛べない天狗の僕ですが。
空を舞う少女



 「圭一。今晩からしばらく、私と母さんは家をあけることになった。天坊様が亡くなったらしい」




 昨日の夕食後に、唐突に父が口から発せられた言葉に僕は驚きを隠せなかった。

 天坊様といえば、僕がまだ森の中の屋敷に住んでいたころに、よく世話になった仙人だ。森で誰よりも長く生きていた天坊様は、僕ら天狗だけでなく、獣にも、時には人間にも慕われていた。




 「今夜が通夜だそうよ。母さんたちは、明日のお葬式の準備もあるから、今晩発つわ。お留守番宜しくね」

 「葬式には圭一、おまえも顔を出すんだぞ。車を出すから準備しておけ」

 「……うん、わかった」




 天坊様にはもうしばらく会っていなかった。人里におりて5年。その間1度も会いに行かなかったのが悔やまれた。天坊様にはあんなによくしてもらったというのに。

 天狗の力がないことで、周りと上手く溶け込めないでいた僕は、何かあるとすぐ天坊様のもとへお邪魔していた。彼は、そんな僕を優しく出迎え、時にやさしく、時に厳しく諭してくれたのだった。




 「……ば、…かば、高羽!聞いてるのか!」

 「っはい!」




 急に名前を呼ばれて、ガタリと立ち上がる。我に返って周りを見渡せば、くすくすと笑うクラスメイト達。机の上には数学の教科書が開かれている。そうだ、今は授業中だった。




 「目を開けたまま寝るんじゃない。席が後ろでも、先生からは見えてるんだからな」

 「すみません」

 「よし、じゃあ授業はここまで、高羽、罰として号令かけろ。でっかい声でな」

 「はい」


 

 深く息を吸い込む。問題を解けとか言われなくてよかった。




 「起立!礼!」




 我ながら凛とした声が教室に響き渡る。『ありがとうございました』クラスメイト達の声がそれに続く。先生は満足げにうなずいて教室を去って行った。

 

 

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