君のところへあと少し。

14

行く宛なんてなかった。

実家には帰れない。
ハルはナリと同棲を始めたから、ハルの所にも行けない。

あたし、何にもないんだなぁ。

ぶらぶらしながら、気づくと海岸に…ハルの店の裏手に居た。

砂浜に坐ると手に砂を握る。

パラパラと指の隙間からこぼれ落ちる砂。

あの店でハルと話す奏を見て、一目惚れした。
ハルに、あの人は誰?と問いかけたら、友達よ、と返された。
羨ましくて。
紹介して、とは言えなかったから、奏の事を陰で見つめる毎日だった。

ひょんなことから、付き合うようになって。

サディスティックな一面を持つ奏にビックリしたものの、受け入れられている自分に驚いた。
でもその反面、奏は優しいのだ。
セックスも、それ以外も。

赤ちゃん産めなかったらあたしは御払い箱なのかな。

だから、籍をいれた時も指輪のひとつもなかったのかな。


「日和。」


静かに、波の音しか聞こえないはずなのに、奏の、自分を呼ぶ声がする。


「やっぱりここだった。」

言われてビックリして振り向いたら。

いつもの奏がそこにいた。

「日和。帰ろう。」

差し出された手を握れなかった。

ふぅ、とため息をついた奏は隣に座り込む。

「日和、ごめん。さみしい思いさせてるなんて、これっぽっちも思ってなかった。」

返事はしない。

「自分がきついんだから、仕方ないって考えてた。」


夜風が。潮風がふたりの間を駆け抜ける。

「もう、こんな俺は嫌?」

だんまりを続ける日和に、次第にイライラしはじめたのか。

砂浜に押し倒される形で奏を見つめた。

「答えろ。俺は嫌?」
「…嫌だと思ってたのなら、我慢なんかしなかった。我慢したのは、奏が好きだから…愛してるからよ…。」

涙が伝う。

欲しいものを欲しいと、言えなかったのは互いを思いやるが故。


「じゃあ今ここで日和が欲しいって言ったら?」
「いいよ。奏になら。どこでだって、何度だって、受け入れるよ。」


ぽたり、と日和の頬に涙が落ちた。
奏の大きな瞳にあふれる涙。

「日和!」


きつく抱きしめられて。
まさかね、とは思ったけれど。
誰も居ない夜の海、砂浜で。
奏は日和を抱いた。
何度も何度も。誰か見てるかも、とか気にならなかった。


その3ヶ月後。

日和のお腹には新たな命が芽生えた。


月夜の浜辺で確かめあった、愛の証。

大事な、大事な宝物…。





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