唇が、覚えてるから

そして───


9月中旬。

セミが最後の声を振り絞って鳴いている中、中山さんの病状は悪化して行った。

私の前に祐樹が姿を見せなくなった時期と、中山さんの意識が低下していったのはほぼ同じ。


……つまり。

祐樹は中山さんの前にも姿を見せなくなったのかもしれない。

それが、中山さんの生きる気力も奪ってしまったのだとしたら……。



“タカシ…っ”

朦朧とした意識の中で、時折宙に一生懸命腕を伸ばす中山さん。

そんな姿を見るたび、私の胸は締め付けられて苦しくなった。


祐樹、どこにいるの……?

お母さんを励ましに行ってよ……。

私を突き放したことと、姿を見せなくなったタイミングは偶然なの?

もしそうだとしたら、私のせいで中山さんが祐樹に会えなくなっているのかもしれない。

そんなの……絶対にダメ。



私は……ある決心をした。
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