唇が、覚えてるから

君の好きなひと


まるで祐樹が泣いているみたいだった。

あの日の雨は、お通夜葬儀共に降り続け、弔問客の足元を濡らした。


どこまで雨男なの?

不思議な因縁に、おかしくなって小さく笑う。


涙はもう置いてきた。

昨日の昼まで泣いて泣いて泣いて、全部流し終えてお通夜も行った。


私はもう泣かない。

祐樹と約束したから。

最後まで笑顔で見送るって決めたの。


制服に身を包んだ私は、お別れを済ませ、少し離れたところから流れる人の波を見送っていた。


中山さんの時に負けないくらいの弔問客。

たくさんの花に囲まれた中央の遺影には、制服姿の祐樹。

ベージュのブレザーに紺色のネクタイを締めた、来年の春には樟瑛の医大生になるはずだった、祐樹。

今にも『琴羽…』そう言って、私の目の前に現れそうな祐樹。

あどけない表情で笑っている写真の中の祐樹に、また惚れ直しちゃいそう。


……この世にもう祐樹がいないのが、まだ信じられない。
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