砂漠の舟 ―狂王の花嫁―(第二部)
「では……どうして、わたしも殺さないのですか? わたしも王を騙した女なのに」

『王はバスィール公国を手に入れようとしているのだ。私とレイラーを殺し、ふたりの兄を殺せば……国を継ぐのはリーン、おまえだ。王はおまえを使って、バスィールのすべてを手に入れ、最後には……おまえも殺すつもりなのだ』


リーンの心が揺らぎ始めたそのとき、スッと黒い影が忍び込んだ。

だから、サクルはリーンを愛していると言わない。殺すつもりだから……。

このオアシスに連れてきたのも、リーンを思いやってのことではない。ただ、スワイドを殺すのにリーンが邪魔だから。レイラーに会わせてもらえなかったのも、旅立ったからではなく、すでに殺してしまったから。


『リーン、知っているか? 王都のハーレムには大勢の美姫がいて、王の帰りを待っている。おまえを殺したあとは、その中から正妃を選ぶという。王には大切な愛する姫がいるのだ。王はおまえを道具として利用したいだけだ。違うというならリーン、おまえはサクル王から愛を告げられたことがあるのか? あの男は、おまえを慰めるための愛の言葉すら口にしようとしない。――そうなのだろう?』


声が身体の中から響いていた。


リーンは胸の奥に黒く硬いしこりを感じる。

それは岩のようでいて、形を変えて蠢き、リーンの心を黒い闇で侵食し始める。


(サクルさまには愛する方がいる。わたしはバスィール公国を手に入れるまでの道具。慰めの愛すら告げてもらえない、ただの道具……)


『リーン、案ずるな。私がおまえを助けよう。王より私を信じると言え。サクル王より、スワイド王子を信じる、と』

「それは……それは……」


黒い影がリーンの中から考える力を奪う。 


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