神様修行はじめます! 其の三
そう言って、彼女は深く頭を下げた。


袖の破れた着物。乱れた裾に、ほつれた黒髪。


綺麗に塗られたお白粉も紅も崩れてしまっている。


・・・・・・

ふと、思い出した。


奥方の最期の姿。


生まれた時から権力闘争に巻き込まれ、全人格を否定され続けた奥方。


決して手には入らぬ、真実望むものに頭上高く手を掲げ、ついに地に堕ちた人。


月に手を伸ばしたあの時の姿と、今の塔子さんの姿が重なる。


門川君を守ると塔子さんは言う。


奥方が殺してしまったお母さんの代わりに、彼を命に代えても自分が守ると言っている。


償おうとしているんだ。


塔子さんのほつれ毛が冷たい風に靡くのを見て、思う。


あぁ、この人も背負っている。

罪を。

そして悲しみを。


奥方の罪は奥方のもの。決して塔子さんのものじゃない。


塔子さんと奥方は、ただ血が繋がっているってだけのことだ。


奥方だって、周囲の大人が犯した過ちに巻き込まれてしまったのが原因。


それでも、罪の波紋は広がる。

皆、自分が犯したわけでもない罪に苦しんで生きていく。


そしてそれは続いていくんだ。


・・・これはまさに悲しみというべきものなのだろう。


「うん、行こうよ塔子さん」


塔子さんの固く引き締まった表情が、ふっと動いた。


行こう、塔子さん。

決してあなた自身の罪ではない。だから、あなたが罪を償う事じゃない。


それでも、ずっと胸を疼かせる痛みが少しでも和らぐのなら。


少しでも、あなたの悲しみが癒されるというのなら。


・・・それはさ・・・償っても『悪い』ことにはならないよね?


「一緒に行こう。塔子さん」

「・・・・・・えぇ、里緒」


顔を上げた塔子さんの、その目は。


きっと、今のあたしと同じ目をしていることだろう。

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