羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「でも、その傷はけっこう深いんじゃ」
「羅刹ならすぐに治んだろ」
朱尾の声はいかにも気怠そうである。
確かに、羅刹であれば縫わなくとも傷口は自然と塞がる。
しかし、それまでは血が流れ続けるし、傷の深さによっては修復に3日はかかる。
傷口が膿んでしまう場合もあるし、気が置けない。
そんな状態でも、朱尾は放っておけというのだ。
「……朱尾くん、いまさらなんだけど」
青木は憔悴しきった眼に僅かばかりの光沢を宿して、カーテンまで歩み寄った。
「あの時は、ごめん」
深い悲哀を孕んだ言の葉は、薄暗い部屋の中で溶けた。
すると、一拍おいて朱尾がカーテンを開いた。
小柄なれど逞しい身体が、威圧感を漂わせて姿を現す。
「なんの話だ」
朱尾は低く唸る。
しかし、青木は珍しく怯まない。
「あの時、私が朱尾くんに助けを求めたりしなければ、こんなことにはならなかった」
「またその話か。いい加減に諦めろ。
そりゃあもうすぎた話なんだよ」
朱尾は眉にしわ寄せする。
「じゃあ聞くけどよ、もしお前があの場で何もしなかったとしたら、どうなってた?
“奴ら”は好き勝手して良い気分。
で、やられた側の“女”は、凌辱されたまま仕返しもできない。
……マイナスしかねえよ。
たとえお前が助けに入ったとしても、お前が負けんのは一目瞭然だろ。
俺が“奴ら”を叩きのめす……この選択が最善だったんだよ」
言い募る朱尾に、青木は唖然として双瞳を見開く。
「最終的に、いちばんの悪者は朱尾くんになった。
……これが“最善”なんて、おかしいよ」
青木は引かない。
珍しく後退する傾向を見せない青木に、朱尾は焦れて頭を掻く。
「お前もしつこいな。
べつに、俺がこんなことになってても、お前には何も害はねえだろ。
なんで口出ししやがる」
「だって!」
青木はそこで小さく声を張る。
「……朱尾くんは、いまもわざと悪人ぶってるから」