羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「なんて、とは?」
天野田が問う。
「俺が人間の皮をかぶった化け物だとわかって、みんなはどう思ってた?」
酒童は“化け物”という文字が、ずしりと重く肩にのしかかるのを感じる。
不意に左手がうずき、酒童は焦って右手で左手を押さえる。
その左手は、墨汁のような漆黒に変わりつつあった。
酒童は息を飲む。
危ない。
もう少しで、眼前の天野田がこの腕の餌食になるところだった。
この鬼の血は、酒童のかけがえのない親友さえ、たやすく手にかけようとしているらしい。
酒童は怒りさえ覚えるのだった。
訓練所でも孤立しがちだった自分にずっと付き合ってくれていたのも、寂しい正月に家に招いてくれたのも、不良に絡まれた時に助けてくれたのも、他の誰でもない天野田だ。
口の悪い男だが。
緊張に息を荒立てる酒童に、天野田は憮然とした態度でさし向かっている。
そして、
「なにそれ、自慢?」
と予想だにしなかった言を吐いた。
「はっ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような間抜け面になる酒童に、天野田はさらに言い放つ。
「自分が化け物だから、なに?
お前たちよりも強いんだぞ、って言いたいわけ?」
「俺は、そんな」
「羅刹において重要なのは、協調性と力だけだ。
一般市民とかリーマンとかと違って、私たちは、西洋妖怪を倒す力さえあれば十分優秀なのさ。
……当然、羅刹よりさらに秀でた力を見せつけた君は、もう隊員たちの間では英雄扱いだ」
天野田は吐き捨てるや、くるりと踵を返す。
「どうせ君は、自分が人間じゃないから、とかいう自己嫌悪に陥って、私に打開策を求めようとしたんだろうけど。
残念ながらそうはいかないよ。
だってみんな、すでに新しい君を受け入れてるんだから」