羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「今日はそんなに気分ではありません」
鬼門は言うや、半裸のまま立ち上がった。
ここは槿花山から、西へ行って5キロ先に位置する、アパートの一室である。
部屋の中はあちこちに物が散乱しており、いつもは几帳面に整頓されている書斎にまで、ぐしゃぐしゃになった服が行き渡っている。
台所の前に置かれた小さな机の上には、酎ハイの缶がいくつか転がっている。
……決して、この2人は酒の勢いで淫らな夜を共にしたわけではない。
鬼門が加持の部屋に招かれるのはよくあることだし、その時は決まって、夜が明けるまで羅刹の業務の話をしている。
話の最中に酒を飲んだ、だけのことだ。
しかし鬼門の姿は、いやでも男色に走ったのではないかとってしまうだろう。
もう四十路にもなるのに、鬼門は皺ひとつだってできていないし、脛や腕の毛も濃くなく、色気ばかりが濃厚だ。
鬼門はシャツを引っ掴み、遅鈍な動きでそれを着る。
「あと加持班長、あなた酒臭いですよ。
今日の“会議”までには、その臭いを消しておいてください」
鬼門は言った。
「鬼門よ。
お前だって、けっこう臭うぞ」
「私は帰ってから長時間かけて歯を磨き、うがい薬で口臭が消えるまでうがいをするから平気です」
鬼門は淀みなく言い切ると、櫛で髪を梳き始める。
艶めく黒髪が、白い布団の上に漆黒の川をつくる。