羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》
「酒童さん、もしかして気にしてますか?俺のこと」
茨が持っていたリュックサックの中から握り飯を取り出しながら、視線を落とした。
「あの時、俺、けっこう酒童さん見た瞬間、優しい時の顔なんか忘れるくらいにびびっちゃって。
でもその時、ばっちり酒童さんと目が合って、ちゃんと人間の意識があるんだってことが分かったんですよ。
俺の怖がってた顔を、酒童さん、見たみたいだし」
茨はダイナマイトのような形の握り飯を手に、酒童を真摯に見つめた。
優しい時の顔、というものがどんな顔なのか、酒童にはわからない。
しかし鬼化寸前の酒童の貌は、普段とは比にならぬものだったに違いない。
その時。
―――……ぐっ、と。
茨はさも悔しげに下唇を噛み締め、袖で目を拭った。
その目尻からは、あの、熱を持った雫がはらはらと湧き出ていたのだった。
「茨」
酒童は慌ててポケットからティッシュペーパーを取り出すが、茨はそれを拒んだ。
「俺あ、馬鹿だ」
茨は小声で呻いた。
大部屋の中は騒がしく、蟻の屁も同然の茨の呻き声は、その複数の声に掻き消された。
いくら羅刹といえど、あまりの小声になれば、聴覚を研ぎ澄まさねば聞こえない。
その声が聞こえているのは、茨の眼前にいる酒童だけだった。
「酒童さんが化け物でも構わない、って言ったのに。
いざ間近で見たら、足が竦んじまった。威勢がよかったのは、口だけだったんだ」
茨は酒童が差し出しかけていたティッシュペーパーをもぎ取り、ずびーっ、と鼻をかむ。
「結局、俺あ……人間のままの酒童さんが良かったんだ」