羅刹の刃《Laminas Daemoniorum》



「し、しかしですな、空亡どの」


 白澤が異議を唱える。


「ここで見逃しては、また奴めが覚醒するかもしれぬのですぞ。
情けは無用ではござらんか?」

「そ、そうです。
白澤さまのおっしゃる通りです」


 他の妖たちもちらほらと反論する。


「だがしかし、空亡さまが良いというのだ。
もうしばらく様子をみればよかろう」

「そうとも。
現時点で真っ先に死ぬ恐れがあるのは、我々ではなく、人ぞ。
たかだか数十人が喰われたところで、なんの支障も出んだろう。
何億とおるのだからな」

「し、しかしだな……」


 妖たちが小声で討論する。

 いくつもの声がどよどよと上がると、加持は首に当てていた手を下げる。


(地区長)


 酒童は加持の後姿を上目遣いにうかがい、拳を握りしめる。

 加持―――地区長は、自分のために命を賭けている。

 その重圧と責任感が、酒童を駆り立てた。

 地区長が命を賭しているのだ。

 その覚悟に報いるだけのことをしなくてはならないだろう。


「それでよいか、加持昌己地区長」


 空亡は不気味に唇の端を歪める。

 加持は物怖じすることなく、


「はい」


 と言い切った。


「空亡どの!」


 白澤が声をあげて空亡に歯向かう。


「どうかもう少し、お考えなされ。
これは人のみに非ず、人と妖の問題なのですぞ」

「そう短気になるな、白澤よ。
妖の賢者たるおのれが、見苦しいぞ」

「そういう問題ではござりませぬ。
鬼の力は妖の中でも群を抜いて優れております。
ましてや本能さえ抑えきれぬかもしれぬ鬼など、なにをするかわかったものではありませんぞ」

「白澤よ、それではまるで……」


 空亡は言いかけて、ふと、起立した状態で静止した。


「む……」


 空亡は途端に、何かがあったわけでもなく顔つきを険しくした。


「鬼門」


 空亡の異変をいち早く感受した加持が、鬼門に視線を投げる。

 鬼門はさっと身構えるや、酒童の前に膝をつく。


「班長、どうし……」

「静かになさい」


 鬼門は無理やりに酒童を押し黙らせる。








―――からり……と。






 二つの襖が開けられた。














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