もう一度愛を聴かせて…
   ◇


その一時間ほど前、橘さんと同じ警察官の市村さんが家までやって来た。

市村さんはお父さんの部下として何度か家に遊びに来たことがある。叩き上げで署長にまでなったお父さんは、キャリア組の橘さんより、橘さんと同じ歳でノンキャリアの市村さんを可愛がっていたのだと思う。

お父さんは署長用の官舎に入っていて家には週末くらいしか戻って来ない。

普段は中学教師のお母さんと次女であるわたし……麻生若菜のふたりが住んでいた。お兄ちゃんは就職で家を出て、お姉ちゃんは県外の大学に通っている。


夏休みに入ってすぐの平日、この日はわたしひとりだった。

本当なら、いくら警察官とはいえ自宅に上げることはないのだが、『署長に内密の話があり、自宅で待つように言われた』と言われたら、追い返すことはできない。


市村さんを家に入れたとき、玄関の扉は開けたままにした。

訪問販売や配達員……とにかくひとりのときに他人を家に入れる場合は、玄関扉は開け放ったままにすること、と言われていたからだ。

市村さんを応接間に通し、わたしはお茶を出そうとキッチンに向った。

そして、戻って来たとき、市村さんはソファに座っておらず、廊下に立っていたのだ。

開けておいたはずの玄関ドアは閉まっている。しかも、チェーンロックまでかかっているではないか。


「市村さん? どうかなさったんですか?」

「……」


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