RED ROSE
震える心
『助けて……』
そう言われて、気持ちが動いたのは事実だった。潤んだ瞳に、噛みしめられた唇に、心が揺れたのも事実だった。しかし、かつての自分を思い出した瞬間、その気持ちはまるで氷に閉ざされるように、固く扉を閉じた。
――俺に“普通”の暮らしは似合わない。
いつも通りにシャワーを浴び、冷蔵庫から出したコーラをあおって、炭酸混じりのため息をつく。
十六……。美玲の必死な瞳が脳裏をかすめ、大翔は意味なく「チッ」と舌打ちした。突き刺さるような真っ直ぐな瞳が、堪らなく眩しく、そして痛かった。
もうあの子に近付いちゃいけない。胸のTATOOが鈍く疼く。これを彫った時のあの気持ちを忘れちゃいけない。
電話番号やメールアドレスを記してあったメモも弁当と一緒に返したので、こちらから連絡する事はない。
――いつもの日常に戻るんだ。
コーラが空になる。大翔はそれを流しに置くと、部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。
三角コーナーに乱暴に突っ込まれた食材を見つめながら、美玲はため息をついた。
『人殺しの俺なんて……やめた方がいい』
――人殺し……。
自分に向けられた、ミリ単位の笑顔が忘れられない。
あんな穏やかな瞳をする人が、人殺し……。
実際に聞いた言葉なのに信じられない。いや、受け入れられなかった。
前科という事は、もうちゃんと罪を償ったって事じゃないの? なら、何も恥じる事なんて……。言わなきゃ誰も気付かないじゃない。
三角コーナーの中の生ゴミが、拒絶された自分の恋心と重なり、美玲は手の甲で涙を拭った。
――駄目だよ。だってこんなに好きなんだもん。
初めて逢った時に繋いだ手の温もりと大きさが忘れられない。美玲にとって大翔はあの夜から“特別な存在”だった。
――逢いたいよ、朝比奈さん。
「……そんなとこで何やってる……」