RED ROSE
『大翔』
不意に、脳裏を少女の声がかすめ、大翔は瞳を見張った。
――……光。
にわかに胸が騒がしくなり、思わず唇を噛みしめる。小さなさざ波が胸の中に生まれ、ざわざわ広がってゆく。やがて、広がったさざ波は大きな葛藤へと変わり、大翔は思わず、ハンドルにかけていたヘルメットに拳を叩きつけた。
「……美玲!」
何の連絡もなく突然帰宅した美玲を見た母親は、驚いた顔で彼女を見つめた。
「美玲、あなた、夕べは――」
「……」
母親の化粧が若干厚い事に気付き、美玲は唇を噛んだ。しかし美玲はそのまま、無言でローファーを脱ぐと、階段を駆け上がった。
――何もできないもん。
部屋に入り、クローゼットから大きなスポーツバッグを出して、陳列するハンガーから服を外し乱暴に突っ込む。しばらくそれを繰り返した後、今度は箪笥から下着を掴み出し、それも乱暴に突っ込んだ。とにかく急いでいた。
早く出たい。衣類の詰め込みを終え、今度は通学鞄にスマートフォンや財布、充電器等を乱暴に突っ込み、周囲を見渡す。
そうだ。窓際の勉強机に目が向く。引き出しの中から通帳と印鑑を取り出すと、側にあったパソコンと共にスポーツバッグの中にそれらを押し込んだ。足りないものはバイトして買えばいい。お金なら少しはある。
一通り作業を終え息をつく。そこでようやく、美玲は心臓が早鐘を打つように暴れている事に気付いた。クーラーをつける事も忘れ作業していた背中は汗でぐっしょりと濡れ、シャツも熱で湿っている。
――行こう。
一刻も早くこの家から逃れたい。その強い思いに背中を押され、荷物を手にドアへ向かうと、いきなりドアが開き、母親が入ってきた。
「……あなた! それは……!」
娘の様子に、母親が目を見張る。しかし、美玲はそんな視線等、全く気にならなかった。
「どいて」
一言そう言い、肩で進路を邪魔する母親をどかそうとする。すると、母親の華奢な腕が美玲の二の腕を掴んだ。
「どこ行くの?」
「……“ここ”じゃないどこかよ」
美玲は双眼で母親を睨み付け、低く答えた。
「あたし、出てく。こんなとこ、もういられない」