RED ROSE
「な、何言ってるの! あなたの若さで独り暮らしなんて……第一、お金は……」
「“ここ”にいるよりよっぽどマシよ!」
おろおろとうろたえる母親に、美玲は鋭く言葉を吐き捨てた。
「悲鳴を聞いて、何とも思わなかったの? 自分の娘が実の父親に犯されてるのに! あたし、何度も何度も『助けて! お母さん助けて!!』って言ったよ!」
「みれ……」
「お母さんがお父さんに殴られてるの知ってるよ! それが怖くて見て見ぬふりしてる事も知ってる! だけど、助けてほしかった!」
美玲は感情のままに一気に言葉を吐き出すと、唇を噛んで握っている手に力を込めた。
「――あたしさえ我慢してればいいんだって、思った時期もあったよ……」
鼻の奥が痛くなり、美玲は母親に背を向けた。
「どうせこんな汚い身体じゃ、まともな恋愛もできないし、諦めちゃえば楽になるって――」
――だけど……。
「だけど、やっぱり“異常”だって気付いた。……“あいつ”は普通じゃない」
――あたしは“普通”になりたい。
「……保険証、出して」
鞄とバッグを持ち直し、何かを吹っ切ったように語調を変えて、美玲は母親を見た。「カードあるでしょ? あたしのやつ、出して」
「美玲……」
「お願い。あたし“普通”の女の子に戻りたいの」
「……」
美玲の申し出に、項垂れてじっと話を聞いていた母親が、フラフラと寝室へ向かう。やがて母親は小さなカードを手に戻ってきた。「……あなたの保険証よ」
「……ありがと」
差し出された手が震えている事に気付いたが、美玲は構わずそれを受け取り、通学鞄に入れた。
「……たまには連絡するから。それから、“家出人”とかで探したりしないでね。もしそんな事したらあたし、何もかも警察に話す。今度こそ」
低く唸るように、そして少し脅すようにそう告げ、美玲は階段を降り始めた。もうここには戻らない。
「美玲……」
「お母さん!」
母親が何か言おうとして呼び掛けた声を、美玲は強い口調で遮った。
「……お母さんも早くこんな家、出てった方がいいよ」
母親が口をつぐんだ気配を背中に確かに感じながら、美玲は階段を降りきり、そのまま一度も振り返らず、住み慣れた家を出て行った。抱えた荷物の重さ等、微塵も感じない。美玲はそのまま、大翔のアパートへ向かった。
大型トラックが轟音と共に道を横切る。車輪に押された熱風で前髪が額に張り付き、大翔は思わず顔をしかめた。