RED ROSE


 二人が生活を共にし始めてから三ヶ月が過ぎ、もうじき、今年が終わろうとしている。大翔は相変わらず朝から晩まで整備工場で働き、美玲も引っ越し直後から駅前のコーヒーショップでバイトを始めていた。生活は楽ではなかったが、二人でなら何とかなっていた。そして美玲はあれから一度も、あの家には戻っていなかった。

「もうすぐ、クリスマスだね」

 駐車場に停めていたバイクの前に着き、ヘルメットを渡された美玲が不意に呟いた。

「……何か、予定あるの?」

 ヘルメットを被った大翔がくぐもった声でそう訊き返すと、美玲はうつむいて小さく首を振った。「まだ、特に何も……。皆、彼氏と過ごすみたいで……」

 美玲のその言葉にすぐには答えず、大翔は上着のポケットからバイクの鍵を出し、チャリチャリとそれを掌で弄んだ。やがて、ゆっくり美玲の方を向くとバイザーを上げ、穏やかに言った。

「何か予定決まったら教えて。俺は仕事だし、帰りが遅くなるようなら迎えに行くから」

 優しい声だったが、瞬間、美玲が傷ついたように表情を曇らせた。しかし、灯りの少ない駐車場で、大翔は美玲のその表情に気付かなかった。

 手入れのよく行き届いたバイクにまたがり、エンジンを唸らせる。美玲が黙ってヘルメットを被り、後ろにまたがって大翔の腰にしっかりと両腕を回した。

 バイクが少し重そうに動き出す。こうして二人で帰宅するのが、一緒に暮らしだしてからの暗黙の決まりとなっている。大翔は決して、美玲に一人での夜歩きをさせなかった。




 トレイに乗せられたポテトが、ホクホクと、出来上がり間もない事を知らせるように薄く湯気をあげている。マニュアル的な如才ない笑顔の店員からトレイを受け取って席へと向かいながら、美玲はため息をついた。

「美玲」

 トレイを手に戻ってきた美玲に友人が笑顔を向ける。カウンターの店員とは違う、自然で明るいその笑顔につられて笑顔になりながら、美玲は鞄や荷物を置いていたソファにふわりと腰を下ろした。

 その日、バイトが休みだった美玲は放課後を利用して、友人で同級生の村上遥(むらかみはるか)と学校近くのファーストフードで、二人だけの女子会をしていた。あの家から解放され、美玲は少し明るくなった。そして少し社交的にもなり、バイトが休みの日等は、こうして友人との楽しい時間を持つようになっていた。

「ポテト、おいしそ」

「うん」

 それぞれ好きなセットが乗ったトレイをテーブルに置き、向かい合って早速おしゃべりが始まる。女子特有の花弁が弾けるような、少し甲高い声が、辺りに飛び散るように響き始めた。

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