RED ROSE
警察には行けないと言う少女の返答に、大翔は困った。まさか「そう? じゃあ」という訳にはいかない。
「そうだ、きみ、名前は?」
どうするか思案する間の繋ぎ的にそう質問する。しかし、名前をまだ訊いてなかった事にも、同時に気付いてはいた。
「日向(ひなた)……美玲(みれい)」
困惑し続ける大翔の耳に、ふわりとそう、声が届いた。
「俺は……朝比奈大翔」
道路沿いのアパートなので、二人の脇を車が数台通り過ぎて行く。ヘッドライトに幾度か照らし出される細い素足に、大翔は思わず日向美玲と名乗った少女の手を掴んだ。
「とりあえず入って。そんな格好じゃ目立つから」
大翔の言葉に、美玲の瞳が怯えた色を放つ。その色を、大翔も見逃さなかった。
「……大丈夫。俺、その……女性に興味ない男だから……」
怯えた瞳の美玲に、大翔は静かにそう言った。「だから……安心して……」
美玲から目を逸らしてもう一度そう言うと、美玲がようやく頷いた。
「ありがとう」
また一台、車が二人の横を過ぎる。大翔は辺りを少し気にしながら、美玲を部屋へと通した。
「何か淹れるから、適当に座って」
灯りをつけ、美玲にそう声をかけてから小さなキッチンに向かう。狭いワンルームなので、ドアを開ければすぐにキッチンやトイレがある。
「はい」
備え付けの冷蔵庫から麦茶をだし、グラスに注いで彼女の元へ持って行くと、美玲はゆっくりとそれを受け取り、口に運んでいった。
「……おいしい」
喉を鳴らしながら一気にそれを飲み干し、安堵した様子の声が、クーラーを入れる背中に小さくぶつかる。大翔はゆっくり振り返り、美玲を見た。
ナチュラルブラウンの肩までの髪が、汗と風で乱れている。外では暗くて気付かなかったが、脚には無数の傷があり、大腿部には痣もあった。
――一体……。
裸足で何も持たず、服の前をしっかりと握りしめたまま、夜道を走っていた彼女。何から逃げ、また、なぜそういう状況になったのか、少し考えれば簡単に想像がつく。
やはり、警察に……。これ以上はなす術もなく、自然と思考がそっちへ向く。と、グラスを持ったまま彼女が、何かを探すように部屋の中を見回しだした。
「今、何時ですか?」
「えっ?」あれこれと思考を巡らせていた大翔は、その問いにハッとし、派手に声をあげる。
「あ、えっと、十時前」そんな自分自身の声に動揺した大翔は、今度は小さな声でそう答えると、美玲が立ち上がった。
「あの……帰ります」