RED ROSE
大翔が肩にかけたシャツにいつの間にかきちんと腕を遠し、ボタンもきっちり止め、美玲が深々と頭を下げてくる。しかし大翔は不安がぬぐえず、思わず彼女に近寄った。
「……大丈夫?」
「はい……」
心配そうに美玲の顔を覗き込んだ大翔と、美玲のつぶらな瞳が、灯りの下で初めて重なった。一瞬、言葉をなくす。灯りの下で見た美玲は、本当に少女だった。
「危ないから送るよ」
「いえ、そんな」
「駄目だよ。こんな時間に女の子の一人歩きは危ない」
乗り掛かった船。大翔は最低限の常識的判断で、美玲を自宅まで送り届ける事を決めていた。
「ありがとうございました」
どこにでもあるような一戸建ての前で、美玲がまた、深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
足には男物の大きなサンダル。上半身には大翔の白いシャツという、少し不格好な出で立ちの美玲が、すまなそうな瞳を大翔に向けている。
「あの、サンダルと服、ちゃんとお返しします」
「別にいいよ」
すまなそうに言う美玲に、大翔はぎこちない笑顔で返した。
本当に構わなかった。美玲に貸したサンダルは百均で購入したものなので、失ったところで腹は痛まない。シャツもまだ何枚か持っているので、一枚くらい構わなかった。もう、逢う事もないだろうし。
「じゃ」
無事に家まで送り届けた事に安堵し、大翔が美玲に背を向け、歩き出した。後は彼女の家族が対処する事――。そう思いながらその場から離れた時、美玲の小さな声がした。
「助けて……」
確かに聞こえた小さな声。驚いた大翔が立ち止まって振り返った瞬間、美玲は玄関のドアを開け、中に入ってしまった。
――助けて……。
まだ暑い夜風が、額をすり抜け前髪を揺らす。
『助けて……』