RED ROSE
――お別れ、なんだ……。
トラックの荷台を見つめながら、美玲は今日、何度目かのため息をついた。
――行きたくない。
最後まで口に出せなかった想いを、やはり胸の内で繰り返す。
――大翔さん。
本当はどこにも行きたくない。ここに居たい。しかし、あの時と状況が変わってしまった今、縁も縁もない大翔と同居生活を続けるのは常識的に困難だった。
荷台に既に積まれている、“あの家”から持ち出してきたいくつかの家財道具の側に、ここで暮らしだ間の荷物が加えられてゆく。やがて幌(ほろ)で隠されたそれらを、美玲は感慨(かんがい)深げに見つめた。
「……大翔さん」
叔母がトラックの運転手と何か話している。美玲は後ろにいる大翔の方へ向き直った。
「……もう、逢えない……?」
美玲のその言葉に、大翔はゆっくり首を振った。
「時々、コーヒー飲みに行くよ」
「本当?」
「うん」
社交辞令じゃない、よね? 大翔の言葉に一瞬不安になったが、優しげな自分への眼差しに、その言葉が嘘じゃないと確信でき、美玲は微笑んだ。
「……ありがとう」
――助けてくれて。
「美玲」
叔母が美玲を呼ぶ。美玲はその声に応えるように肩越しに叔母を振り返った後、もう一度大翔を見た。
“さよなら”
そう言いかけたが、唇が震えて言葉が出ない。背中に叔母の視線を感じ、じわじわと焦燥してくる。が、どうしてもその一言を言う事ができなかった。いや、正確には言いたくなかった。
「あの……」
一月の冷たい風が急に強くなり、舞い上がった髪が視界を遮る。美玲は唇を引き結んだ後、“さよなら”ではなく、事件の夜、病院で訊けずに飲み込んだ言葉を口にした。
「あの、菅原さんが言っていたヒカルって、誰……? ごめんなさい。聞こえちゃって……」
大翔の穏やかだった眼差しがその言葉で硬く色を変える。が、すぐにその色は失せ、彼は頷いた。
「死んだ俺の恋人だよ」
どんよりとした低くて分厚い雲が、空を覆いながら広がってゆく。美玲は黙って、その言葉を聞いた。