RED ROSE


 遥のその言葉に、思わず美玲は身を乗り出した。「遥、もしかして……」

「違う違う!」美玲の真剣な表情に遥が慌てて首を振り、カフェラテをすすった。

「側にいて、美玲を支えてくれてるかな。そうだったらいいなって、思ってたんだよ。ちらっと見ただけだったけど、彼、本当に優しい目で美玲を見てたから……」

 大翔を思い出しているのか、遠くを見るように遥がそう言う。

 ――大翔さん。

 別れた日以来、メールはしているが返信もなく、電話もいつも留守電で、メッセージを何度か残したが、かかってこない。単純に忙しいのかもしれないが、避けられているのではと、内心、思っている。

 ――逢いたい。

 勤務先も自宅も判っている。会おうと思えばいつでも会いに行けたが、連絡がつかない現実に、足が鉛のように重くなっていた。

「……訊いてもいい?」

 突然、声を潜めて遥が美玲に顔を寄せた。「……お母さんは?」

 遥なりに周囲に気にしたのだろう。美玲は我に返り、小さくかぶりを振った。

「一度面会に行った。けど、謝るばかりで何も話してくれなかった」

「――そう。……大丈夫?」

「うん、ありがと」

 オーダーした品物が運ばれてくる。二人は顔を上げ、気をとり直したように何となく微笑し合った。




 果てしなく高い空を見上げながら、大翔は白い息を吐き出した。

 美玲が出ていって一週間。二人で暮らしていた部屋は一気に寂しくなり、一人暮しには少々広すぎる空間となった。

 引っ越すかな……。作業の手を止め、ぼんやりと思う。

 ――悪くないかな、それも。

 手に持ったスパナを見つめ、大翔は少し考えてみた。

 敷金や礼金の事を考えると今すぐ引っ越すのは厳しいが、半年くらい頑張って貯金すれば、引っ越せない事もない。その時は美玲の暮らすY市からなるべく遠い街にしようと、心に決めていた。

 元気で暮らせ。再び見上げた空に向かい、願う。

 ――嘘ついて、ごめん。

 別れの時、美玲に「会いに行く」とは言ったものの、後になって大翔は後悔していた。そして、自分から美玲に会いに行くのはよそうと決めたのだった。

 理由は、再会してしまった刑事の菅原だった。美玲との距離を保持すれば、事件を通じて菅原と顔を合わせる事がこの先もあるかもしれない。菅原に会えばどうしても光の事を思い出してしまう。そして、また大きな後悔の波に苛まれ、立ちすくんでしまう。悔やんでも悔やんでも悔やみきれないあの闇に飲み込まれてしまう。それが怖かった。
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